「極楽通信・UBUD」



ウク暦(Wuku)





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今回は、バリ独特の暦について紹介します。
バリには、世界共通の西暦のほかに、昔から伝わる独自の暦を持っており、それは宗教儀礼や日々の供物を捧げる時の大切な目安となっている。
まず、その独自の暦には2種類あり、ひとつをウク歴、もうひとつをサコ歴(Saka)と呼んでいる。
もっともバリの人々の暮らしに密接なのが、ジャワ・バリ暦と言われるウク暦だ(Wuku=バウコン暦とも言われる)。
ニュピ(Nyepi)以外の主要な宗教的行事は、ほとんどこのウク暦の基づいている。
ウク暦は、7日を単位とする30の週(ウク)によって成り立っている。7日×30週=210日。
これがウク暦の1年です。
■7日の単位(かっこ内はインドネシア語)
日=RADITE(minggu)/月=COMA(senin)/火=ANGGARA(selasa)/水=BUDA(rabu)/木=WRASPATI(kamis)/金=SUKRA(jumat)/土=SANISCARA(sabutu)
■30の週
1)SINTA 2)LANDEP 3)UKIR 4)KULANTIR 5)TULU 6)GUMBREG 7)WARIGA 8)WARIGADIAN 9)JULUNGWANGI 10)SUNGSANG 11)DUNGGULAN 12)KUNINGAN 13)LANGKIR 14)MEDANGSIA 15)PUJUT 16)PAHANG 17)KRULUT 18)MERAKIH 19)TAMBIR 20)MEDANGKUNGAN 21)METAL 22)UYE 23)MENAIL 24)PRANGBAKAT 25)BALA 26 )UGU 27)WAYANG 28)KELAWU 29)DUKUT 30)WATUGUNUNG


ウク暦の1年は、6つのトゥンプック(Tumpek)からなっている。
トゥンプックは、35日ごとに巡ってくる。
この35日が、ウク暦の1ヶ月だ。(わかり難いね)
ということで、バリでは6ヶ月(210日)で暦が一巡する。
バリ人は、何週の何の日が誕生日(オトン=オトナン)となる。
例えば、SINTA(第一週)のRADITE(日曜日)。
誕生日が、西暦の一年だと2度迎えることもある。
現在は、西暦の誕生日が必要なので年齢を数えることが出来るが、以前は、生年月日を知らないため自分の年齢を知らない人が多かった。

五週に1度、saniscara(サニスチャラ=土曜日)とkliwon(クリオン)の重なる日が6つのトゥンプッの吉日と言われる。
トゥンプッとは、ジャワ語のテンパッが語源の土曜日という意味だそうだ。
不可解なのは、第二週のHari Tumpek Landep(トゥンプッ・ランドゥップ)から、五週ごとだということ。(後記の「ウク暦」祭礼日・吉日をご覧下さい)

儀礼の中で特に重要とされているのは、3日、5日と7日のワラ(wara・曜日)である。
3日のワラの最終日、カジャンと5日のワラの最終日=クリオンが重なるカジャン・クリオンの日は悪霊が災いをもたらしやすい日であり、その前日の日没からカジャン・クリオンの当日の夜明けまで人々は外出を極力控える。
しかしまた、この日は呪術を行うのに最適な日とも考えられている。
ウク暦に基づく全島あげての祭が第11週目・水曜日のガルンガンだ。
これは神々と祖霊(祖霊も神だが)が地上に降りてくるとされている。
ところで疑問に思っているのだが、サコ暦の元年は西暦78年(79年という説もある)であるが、いったいウク暦の元年はいつで、今年はウク暦の何年なんだろう。
そして、新年はいつなのだろう。こんな単純な疑問なのに、わかっていません。
調べる必要があるのでは。一説には、ウク暦は年を数えないと言われているが・・・。
寺院の建立記念日は、オダランと呼ばれている。
東部バリのカランガッサム地方では、寺院祭礼(オダラン)をウサバと言う。
ウサバは、他の地方では収穫祭を意味する語だ。
サコ暦では354日、355日あるいは356日の1年で巡ってくるが、ウク暦の場合、1年が210日であるため西暦のカレンダーでは年に2回オダランが巡って来る年もある。
人間の通過儀礼である、赤ちゃんの儀式、子供の誕生日(オトン)、歯削儀式、結婚式、葬式などは、ウク暦に従って行われている。
しくみは、非常に複雑な組み合わせに成り立っていますが、細かいことはここでははぶきます。



ここで儀礼や祭礼をいつ行うのかを見るに、なくてはならない「ウク暦」の中でも特に供物をたくさん捧げる大切な祭礼日・吉日をあげてみよう。


●Hari Banyu Pinaruh(バニュ・ピナロ)
Sinta(1番目の週)-redite(日)-paing
この日は前日の祭礼日・Hari Suci Saraswati(サラスワティ)Watugunung(30番目の週)のデウィ・サラスワティの恩恵を受けるため、身体を浄める日です。
人々は早朝まだ暗いうちに起き、近くの川へ行ってマンディ(沐浴)をします。
心身ともに浄め、けがれを落とし、正しい精神と知識が身につくようにデウィ・サラスワティに祈るのです。
家ではナシ・クニンというターメリックで黄色く染めたご飯が作られ、家寺に供えられ、家族にもふるまわれます。


●Hari Soma Ribek(ソマ・リバッ)
Sinta(第一週)coma(月)-pon
 神(特にデウィ・スリー=稲の女神)を讃え、すべての者がその恩恵と幸に恵まれるように祈ります。


●Hari Sabuk Mas(サブッ・マス)
Sinta(第一週)-anggara(火)-wage
神(特にマハデワ神)に、金や銀、その他の財宝の恩恵を受けたことへの感謝を表す日。
金銀細工で生計を立てている家では、この日盛大な供物を作ります。
一般家庭では、金庫や財布に供物を捧げます。


●Hari Pagerwesi(パガルウェシ)
Sinta(第一週)buda(水)-kliwon
 神(特にプラムスティ・グル)がこの世の万物が均衡の取れた平和な状態を保っていられるように苦行する日と言われている。
人々は盛大な供物を作って家寺などに供え、この世の平和を祈る。
Pagerwesiは「鉄の柵」を意味する言葉で、これは神々がこの世を悪いものから守ってくれる、という考えの表れだと思われる。
ガルンガン、クニンガンに次いで大きな祭日。


●Hari Tumpek Landep(トゥンプッ・ランドゥップ)
Landep(第二週)-saniscara(土)-kliwon
武器、もしくは鉄や金属で出来ている道具などに、日頃の感謝と敬愛をこめて特別な供物を捧げる。
伝統的なクリス(剣)や槍、クワやカマなどの農耕機具、ノコギリやカンナなどの大工道具、ナイフやハサミなどの日用品、最近ではバイクから自動車、テレビ、冷蔵庫、はてはコンピューターにまでお供えをする。
もちろん聖水も振りかける。
ひょっとすると、手術道具やジェット機にも供物が捧げられ聖水がかけられていることでしょう。
これらの道具たちが安全に使われて、事故が起きませんように、という願いも込められています。
その昔、武器が大変に重要な物だった王族や、鉄に深く関わっていた鍛冶屋(パンデ)の階層(カスタ)の家では、今でも盛大な儀礼が行われる。


●Hari Tumpek Uduh(トゥンプッ・ウドゥー)
Wariga(第七週)-saniscara(土)-kliwon
この日は、われわれ人間に恵みの果実を与えてくれる植物に特別な供物を捧げる。
特にココナツ、バナナがその対象ですが、ほかにもランブータン、ナンカなどの果実のなる大きな木も含まれる。
早朝からブブール・サムサムというコメの粉からドロドロのおかゆ状の菓子が作られる。
そして、普段なら炊きたてのご飯を使うサイバンという供物が、この日は、このブブール・サムサムを使った供物に変わる。
また、チャナン(花をあしらった供物)も、家のそこここに供えられるが、それにもブブール・サムサムがあしらわれる。
ブブール・サムサムは1度にたくさん作り、供物として使った残りは家族の朝ご飯変わりになる。


●Hari Sugian Jawa(スギアン・ジャワ)
Sungsang(第十週)-wraspati(木)wage
スギ・ジャワとも呼ばれるこの日は、ブタロ・ブダリ(神格化された祖霊)がそれぞれの家寺や親族集団の寺に降りてくると言われ、人々は盛大な供物を用意してお迎えする。
そして感謝を捧げ、さらなる平和と安全を祈る。


●Hari Sugian Bali(スギアン・バリ)
Sungsang(第十週)-sukra(金)-kliwon
スギ・バリとも言われ、この日は、家によって家寺への供物をするところもある。
一般には昨日のスギ・ジャワに引き続き、この日も祖霊に、心も身体も常に清らかでいられるように祈る。


●Hari Raya Galunganガルンガン
Dunglan(11番目の週)-buda(水)-kliwon
家の敷地内のそこかしこに、そして家寺に盛大に供物が捧げられる。
早朝から村のデサ寺院、プセ寺院、ダラム寺院、または本家や実家などの親族の家寺にも供物を持って、お祈りしてまわる。
すべての悪(アダルマ)に対して善(ダルマ)が勝利をおさめる日と言われ、勝利を祝って天上界から神々が地上に降りてくるのだそうだ。
人々は、その神々を迎えるために何日も前から供物を準備し、心身ともに穏やかな、そして清らかな状態でこの日を迎えられるように努める。
そして、めいめいがこの世の幸福と平和を神々に祈る。


●Hari Ulian(ウリアン)
Kuningan(第十二週)-redite(日)-wage
ウリアンとは「繰り返す」と言う意味のバリ語。
この日は、ガルンガンの時、地上に降りた神々が天界に帰って行く日です。
ガルンガンのように盛大ではないが、それに準じるたくさんの供物を捧げ、神々を送り出します。


●Hari Raya Kuningan(クニンガン)
Kuningan(第十二週)saniscara(土)-kliwon
この日は、地上に神々が降りてくる神聖な日です。
各家の家寺には、祖霊を迎えるために盛大な供物が用意される。
人々は、この世の万物の平和と幸福を祈る。
クニンガンにはすべての供物を昼の12時頃までに供え終わらなくてはいけない。
と言うのは、それを過ぎると神々は天界に帰ってしまうからです。
よく日本で言う「お盆」にたとえられるが、バリでは祖霊もまた神であり、ただ単に先祖供養として祖霊を迎えるというのではなく、もっと神聖な意味で祝います。


●Hari Pegat Uwakan(プガッ・ウワカン)
Pahang (第十六週)buda(水)-kliwon
ブダ(水曜日)とクリオンが重なる日は、毎月吉日とされ供物を捧げる。
特に、このpahang週のブダ・クリオンは、ガルンガンからクニンガンまでの一連の祝日を締めくくる重要な日とされる。
クニンガンから数えると25日目にあたり、ガルンガン前日から屋敷前に立てられたペンジョールが、この日一斉に処分される。


●Hari Tumpek Keulut(トゥンプッ・クルルッ)
Keulut (第十七週)-saniscara(土)-kliwon
楽器に、特別な供物を捧げる日です。
特にガムラン楽器すべてがその対象となります。
しかし、トゥンプッ・クルルッは、ほかのトゥンプッと比べてそれほど厳密に扱われていないようです。
というのは、ガムラン(特に1式)を所有している家、またはバンジャールによって、ガムランに特別な供物を捧げる日がまちまちなのです。
それはトゥンプッ・ウドゥーであったり、トゥンプッ・カンダンだったりします。
とはいえ、ほかのトゥンプッと同様、このトゥンプッも吉日とされていることには変わりありません。


●Hari Tumpek Kandang(トゥンプッ・カンダン)
Uye(第二十二週)-saniscara(土)-kliwon
これは家畜の日。
飼って世話をしている動物、おもに牛、豚、鶏、小鳥などに供物を捧げます。
どうも犬や猫は対象外のようです。


●Hari Tumpek Wayang(トゥンプッ・ワヤン)
Wayang(第二十七週)-saniscara(土)-kliwon
これはワヤン(影絵)に使う人形たちのための日です。
この週に生まれた赤ちゃんは、1回目もしくは3回目のオトン(ウク暦の誕生日)の儀式の時に、必ずダラン(語り部)ガムラン(この場合はグンデル)を招いてワヤン・クリッ(影絵芝居)を催さなければなりません。
また1人前のダランにとっては、特に重要な日で、この芸能が無事に、かつ衰えることなく存続されていくように神に祈ります。


●Upacara Rambut Sedana(ランブット・スダナ)
Kelawu(第二十八週)-rabu(水)-wage
Rambut Sedanaは、バリ語の丁寧語の“rambut(=hidup・生きる)”“sida(=bisa・できる)”“na(=bahan・材料)”の3つの言葉からなる、お金の神さまを祭る日。
この日は、お金に感謝し、大金の貸し借りはしない、借金を返さないとされている。
商売を営んでいる家では、必ず、祠に供物を捧げる。
市場の寺院(ムランティン)が近くにある企業は、お参りに出掛け聖水を頂いてくる。
中心に穴の開いたコイン(中国銭)がシンボルだ。


●Hari Suci Saraswati(サラスワティ)
Watugunung(第三十週)-saniscara(土)-umanis
インドを由来とする、学問の女神であるデウィ・サラスワティは、日本では弁財天として知られている。
学問、芸能を司るデウィ・サラスワティにたいして、正しく清らかな知識が身につくように祈ります。
この日は、本を読んだり勉強したりせず、家にあるロンタル(古文書)やクカウィン(カウイ語で書かれた詩)が書かれた書物をはじめとして、そのほか大切な本やノート、学校の教科書や辞書などが家寺に集められ、安置され、供物が捧げられる。
学校は休校だが、生徒たちはバリの正装をして登校し、校内で行われるウパチャラ(儀式)に参加する。


※備考:ウク暦は、1曜週から10曜週という10種類の週が同時進行していきます。
中でも、儀礼や祭礼が、いつ巡ってくるのかを調べるのに大切なものが、7曜週(これは西暦の1週間と同じものです)と、5曜週です。この7曜週と5曜週の組み合わせによって、以上の祭日が巡ってくるというわけです。
こんな複雑な暦で生活しているバリ人の時間感覚は、きっと我々日本人とは違うことだろう。
そんなところも興味ある事柄だ。