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ガルンガン(Galungan)





私はバリ滞在20年目。滞在年数が増してもツーリストという立場は変わらない。バリ人との距離は、決して縮まることはない。
「それはそうだろう。あなたはバリ人じゃないから」そう言われればそれまでだが、そんなことろが長期滞在していてちょっぴり寂しい。といって、バリ人と同じ生活になってしまえば、それは、日常となってしまい、これまで非日常を満喫していたのができなくなってしまう。結論から言えば、ツーリストのままでよいのだが、部外者だという疎外感を思い知らされるのは、嬉しくない。
特に自分がツーリストだと実感されられるのが、バリの祭礼日。その最たるものがガルンガン(Galungan)だ。ガルンガンは、210日を1年とするウク(Wuku)暦の祭礼日のひとつだ。西暦のカレンダーだと、毎年後送りになって日にちが変わっていく。
ガルンガンは善(ダルマ)の悪(アダルマ)に対する勝利を記念する祝日とされている。これは10世紀頃の、インドラ神とマヤデナワ王との戦いの神話からきている。善の勝利を喜び、森羅万象を創造してくださった神に感謝する日でもある。「プクリサン川の神話」をお読み下さい。
神々は祖先の霊と共に、敬虔な信仰心と清い心という恩恵を人々に与えてくれます。家々のに訪れた神々と自然の霊力と祖先の霊に供物で手厚くもてなし、祈りを捧げる。


屋敷寺
※準備も整い、神々の降臨を待つパチュン家の家寺(ムラジャン)


ここで少し、ガルンガンを迎える一連の儀礼をおさらいしてみよう。

★スギアン・ジャワ=Hari Sugian Jawa。Wraspati(木)-wage
バリ島全土がバリ島外の力から守られるためにおこなわれる儀礼。一説には、祖先の霊が家に帰ってくる日と言われている(家系によってスギアン・ジャワか次のスギアン・バリか決まっている)。

★スギアン・バリ=Hari Sugian Bali。Sukra(金)-kliwon
自らの体を清める日であり、続く土曜日には、女性たちは米と椰子砂糖から作る《ドドル》と呼ばれる伝統的な菓子作りをする。一説には、祖先の霊が家に帰ってくる日と言われている。

★ハリ・プニェクバン=Hari Penyekeban。Redite(日)-paing
邪悪な力が儀礼の準備を妨害したり、力を振るいやすい日で、人々は瞑想し忍耐を持って邪悪な力に立ち向かい、彼らの務めを続ける日ともいわれている。餅米を発酵させる作る《タペ》というお供え用の食べ物を作る日。

★ハリ・プニャジャーン=Hari Penyajaan。Coma(月)-pon
お供え用のお菓子を作る日。
そして、ペンジョール(=Penjor)を作る準備が、男たちによって始まる。ペンジョールが屋敷の門前に立てられるのは、ガルンガン前日か、前々日のことが多い。ウブドのペンジョールは、ほかの村と比べると特にみごとで、太くて長い竹が使われ装飾も豪華だ。竹竿で作られたペンジョールは、日本の七夕飾りのようでもあり、正月の門松風情でもある。


ペンジョール


★プナンパハン=Hari Panampahan。Anggara(火)-wage
善と悪の力の違いを理解するために、必要な力を手に入れるための儀礼が行われるとされる。その一方で、豚や鶏を生贄に捧げる。それぞれの家々では、早朝からラワール料理が作られる。家を離れて働きに行っている家族も、この日には帰ってくる。バリ・カレンダーにはこれら一連の儀礼が記載されているが、一般家庭で特に行われてはいないようだ。

★ガルンガン=Hari Raya Galungan 。Buda(水)-Kliwon
そして、ガルンガン当日。
人々は朝早くから起きて沐浴し、正装に身を包む。女性たちは、この日のためにひと揃いの正装を新調する者が多い。まず、屋敷寺で、数日前から用意された盛大な供物を祠に供え、祈りを捧げる。そのあと、村の方々の(寺院、水利組合(スバック)の寺院、仕事場の祠、それぞれにやはり供物を捧げ、祈る。そのあと、他へ嫁に行った女たちは、自分の実家の寺へも、供物を持って参拝する。
こうして、神々と祖霊をお迎えするのだ。
「全部で何カ所くらい、廻るの?」と訊ねると、「わたしは10ヶ所の寺よ」と答える女性もいる。そのつどお祈りもするので、額は米粒だらけ。身体は、聖水でびしょびしょに濡れている。
村の守り神であるバロンランダの仮面が、寺院の境内に安置され、この1年間村人をお守りくださったことへのお礼として、供物が捧げられるのも、この日である。

★マニス・ガルンガン=Manis Galungan。Wraspati(木)-umanis
人々は家族や友人を訪ね、共に神々に祈りを捧げ、互いの罪を許し合う日とされる。マニス・ガルンガンからクニンガンまでの10日間は、あちらこちらの村でバロンのジャランジャラン(散歩)を見かけることが多い。


聖獣バロン


★クニンガン=Hari Raya Kuningan。Saniscara(土)-kliwon
ガルンガンから10日後。儀礼は午前中に行われる。心の平和と静寂のために祈りを捧げる。この日の正午に、神々と祖霊は天上へ帰るとされる。

★ブダ・クリオン・パハン=Buda(水)-Kliwon Pahang
ガルンガンからの35日後 ガルンガンから25日後。一連の行事が終わり、ペンジョールはお役御免となり外される。



これまでは、ガルンガン当日しか休まなかったアパ?も、今年は、ツーリストが少ないため、これ幸いと3連休にした。ついでに、クニンガンも2日休んでしまった。その代わり、次の210日後のガルンガンは日本のお盆シーズンに当たり、ツーリストも増えるだろうと目算して休みを少なくするつもりだ。
ウブドのあちこちの店が、同じ考えなのか、休みの店が多かったように思う。
そして、ツーリストのわたしは、何もすることがない。
たとえば、わたしのガルンガン生活というと・・・
AM11時に、大家の奥さんの「イトー!」という大きな声で起こされた。奥さんから、バリの名物料理ラワールが差し入れられた。ラワール料理は生もので、昼頃までには食べてしまわないと腐ってしまう。
寝起きでラワールはちょっときついかなと思案をしていると、昼1時頃に、今度はアパ?のニョマンからラワールが届いた。ニョマン家の料理には、生血のラワールが入っていた。
実をいうと、わたしはあまりラワールが得意ではない。「今日はラワール三昧だ」と喜べないのが残念だ。これが羊羹かぜんざいか、はたまた、甘納豆なら大歓迎なのだが。
とにかく、めでたい時に食べる料理だし、皆が朝早くから作ってくれたラワールのこと、有り難くいただかなくては。昼飯は両家のラワールを皿一杯に盛って、ちびちびと食べる。残った方のが多かった。皆さんごめんなさい。
今日1日は、どこの家を訪ねてもラワールが振る舞われるだろう。だからどこへも行かない。と言うより、どこも行くところがなく、結局、仕事場に直行して仕事をしてしまった。
 仕事場に、ダドンが供物を持って現れた。すでにガルンガンの供物はスタッフによって供えられているが、ダドンの好意を無にするわけにもいかず、供物はダブルで捧げられた。
コンコンコン、チンチンという鳴り物を叩く、バレガンジュールの音が遠くから近づいてくる。村の守り神とされるバロンが、村を浄めるために村内を練り歩いているのだ。太鼓の音が聞こえると、もう近い。
ダドンは、わたしの財布から5,000ルピア抜き取ると、表通りで出ていった。門付けをして、店の前で踊ってもらい、厄払いをしてもらうのだ。ダドンの耳は、バレガンジュールの響きをキャッチできるようだ。音を聞くと、喜び勇んで飛び出していく。幾つになっても、好きなのだ。
夕方、仕事場にある祠でお祈り。わたしの祖霊は、バリの地まで降りてこないだろうから、お祈りの内容はいつものように、宇宙と世界の平穏にした。帰宅したら家の祠にも、詣でなくてはいけない。
夕食は、ダドンが持ってきてくれた、黒焦げのアヤム・ゴレン(鶏の唐揚げ)と白飯だ。今夜は日本食でも食べようと考えていたが、ラワールでなかったのがせめてもの救いだ。
ダドンは、この3日間通って来た。3連休は、ダドンと2人だった。そして、アヤム・ゴレンが3日続いた。ああ〜、お茶漬けが食べたい。




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