「極楽通信・UBUD」



魔女ランダ(Rangda)





Photo_魔女ランダ Photo_魔女ランダ


魔女ランダ。ここ神秘の島・バリで、とりわけ霊的な強い存在を感じさせるもの。
ランダは聖獣バロンと同様に、魔術的な面と宗教的な面をあわせ持つ神聖なものとして、宗教儀礼の中でご神体(ススォナン)として扱われる。
ご神体(ススォナン)のランダは「ラトゥ・グデ=Ratu Gede」「ラトゥ・アユ=Ratu Ayu」「ラトゥ・アリット=Ratu Alit」とバリ人は呼んでいる。
善、聖、清、太陽、病を治す象徴であるバロンに対して、ランダは悪、魔、穢れ、暗闇、死の象徴とされる。
どちらも地界の悪神(ブト・カロ・bhuta kala)を払い浄めるための儀式ではたいへん重要な存在である。


インドのヒンドゥー教に、ランダやバロンに似たものはない。
バロンと同時代に、ランダがバリに存在しているのがわかっている。
バロンは仏教(中でも密教)の伝来と関係があると想像できるが、ランダはヒンドゥー教とも仏教とも関係がないように思われる。
どこから渡来したのだろう。
渡来したものでなく、バリ独自で発展したものだろうか。
明確な資料がなく、ランダの起源はまったくわかっていない。
ちなみにプリアタン・トゥンガ村には、1727年のランダがススォナンとして保管されている。
1727年頃といえば、衰退していたゲルゲル王朝がクルンクンに王国の成立によって崩壊し、バリが9つの王国に分割されていく時代だ。
日本は江戸時代、蘭学がはじまった頃だ。


ランダの木彫りの面は、威嚇するように大きな眼玉が飛び出している。
睨みつけるように大きく見開かれた眼は、怒り、残酷、凶暴で、自分勝手で、他の力を信用しない性格のシンボルだ。
上向きにはえる2本の牙は、象牙のように反り返って目尻に届くほど長い。
長い牙は、動物的な残忍性を象徴している。
口からたらした長い舌は腹まであり、炎の装飾が施されている。
炎は、中に入ったものは全て焼き尽くすという容赦のない燃焼の象徴で、長い舌は、常に何かを殺してエサとして食べたいという、飽くことのない空腹をあらわしている。
頭の上に見られるいくつかの炎(swidwara)は、超能力の光のシンボルである。
この飾りは、OMという秘密にされた魔力の文字を象徴している。
髪は、いまにも地面につかんばかりに長く乱れ、山姥のようだ。
垂れた長い乳房、長い爪を持ち見るからに恐ろしい。
この長髪のランダの面を1人の演者がかぶる。
人が入るとその姿は、おどろおどろした身の毛のよだつものになる。
そばに近づかれると正視できないほど威圧感があり、おもわず後ずさってしまう。
もし、地界に鬼神が存在するとすれば、きっとこんな姿だろうと思うほど、人々をすくませる。


●ランダの種類
 raksasa : 面は怪物に似ている。一般的にわれわれが見るのはこのランダだ。
 nyinga : 面は獅子に似ている。獰猛で、荒々しい性格。
 nyelem : 面は人間に似ている。威厳のある、神聖な性格。


ランダは、レヤックなどの妖術使いの親玉と言われ、ドゥルガ(Durga)神の化身とされる。
ドゥルガは、インド神話のライオンを従えた美しい女神で、困難から人を救う神として崇拝され、航海の神でもある。
バリでは、シワ神の破壊的側面がドゥルガだと言われ、各村にあるダラム寺院の近くにある墓地に住んでいるとされる。
ウブドから7kmほど東へ行ったブラバトゥー村に、ドゥルガ神が祀られた寺院がある。そこは、ランダのふるさとだとされている。


普段ランダは、ダラム寺院の祠に箱に入れられて保管されている。
ススォナンのランダを見るには、オダラン(寺院祭礼)で寺院内の祭壇に安置されたところか、儀礼のために境内に出された時、儀礼の要素が含まれた奉納芸能に登場する時だけだ。
奉納芸能では、チャロナラン舞踊劇に登場することが多い。
箱に納められているランダは、白布を被っている。
この布は、ランダが目醒めないためだ。
プマンク(僧侶)よって祠から出されたランダは、箱から取り出され、白布をはずし祠前に安置される。
また、ランダの儀礼が行われる時には、悪いことが起こらないように、必ず、プマンクが見守っている。


奉納芸能のランダは、チャロナラン舞踊劇やバロン劇の登場までは、バロンとランダが世界を2分して戦う、踊りを中心とした単純なものだったと考えられる。
ツーリスト向けに公演されるチャロナラン舞踊劇やバロン劇でも、魔女ランダを見ることができるが、これは公演用のものでススォナンではない。
しかし、やはりバロンと同様に供物は欠かさない。
チャロナラン舞踊劇では、チャロナラン伝説の魔術をあやつる未亡人チャロン・アランがランダに化身した姿だとされ、魔女ランダと呼ばれている。
ランダとう名称は、バリ語で寡婦(未亡人)のことを意味する。
ランダの言葉に魔女のイメージが強くなり、現在の未亡人には使われていないようだ。


ランダを演じる者は、霊力を持つ者でなくてはならない。
ランダの面の霊力が強くて、演者がクラウハン(トランス)したまま戻ってこないこともあるからだ。
ランダは飛び跳ねるように踊る。
踊りには、バロンやトペン(仮面舞踊)のようにクラスとマニスのいくつかのスタイルがある。
クラスの演奏はテンポが早く激しく、踊りも同様に力強く踊る。
マニスの演奏はゆっくりで柔らかく、踊りは優しく踊る。
特に、マニスの方の曲は「トゥンジャンガン=tunjangan」と呼ばれ、ダラム寺院に隣接する墓場で踊るための曲だという。
その曲調は、ランダの姿からは想像もできないほど優しく、どこか悲しげで哀愁の漂うメロディーが印象的だ。
使われるクンダン(太鼓)も、男性舞踊のための大きなものではなく、レゴンの演奏と同じ小さなクンダンが使われる。
トゥンジャンガンの伴奏で踊られるランダは、おどろおどろしい姿の裏に隠された“母親”そして“女性”であるがゆえの深い悲しみや恨みなどを、見るものに心に訴える。
思わず、目頭に熱いものが込み上げてくる。


ランダの踊りは、踊りとしても見るべきものがあるが、その宗教的、儀礼的、そして、魔術的要素のあまりの濃さゆえに、ほかの舞踊と同じように、ただのバリ芸能の一つとしてくくってしまうのは間違いだろう。
どちらにしても、見る機会の少ない芸能だ。チャンスがあれば、是非見ることをお薦めする。





※動画はサムアンティガ寺院(ブドゥル村=Bedulu)のオダラン(2016年4月21日から5月3日まで行われた)で、24日の奉納されたチャロナラン(CALONARANG)舞踊劇の魔女ランダ。グループは、バパ・ジマットの率いる『Yayasan Tri Pusaka Saktu』。




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