「極楽通信・UBUD」



呪術師レヤック





レヤック

世話になっている、友人のおばあちゃんの葬式でのことだ。
実は、おばあちゃんはレヤックだったの」
友人の妹が恐ろしい告白した。
病気や禍いの原因がレヤックにあると信じるバリ人は、レヤックという言葉を口にすることすら怖がる。
レヤックとは悪霊または浮遊霊、そして、黒呪術を使う呪術師を指す。
レヤックは実のならない雄のパパイヤの木の下に居着き、時として、仮埋葬された墓地に現れ火の玉となって飛び回り、埋められた死体を掘り起こしては貪るという。
また、呪術を使って猿や鳥やさまざまな動物に変身して、人を傷つけたり病気にしたりする。若い女性に姿を変え吸血鬼のように人の血を吸う。大好物は胎児の内蔵で、どこかで妊婦の隙を狙っているという。そんなことから、妊婦はむやみに他人にお腹を触らせない。
レヤックと呼ばれる呪術師がいるというのは話では知っていた。普段はなにも変わったところのない、よぼよぼのおばあちゃんだったりすると聞いている。知り合いのおばあちゃんがその呪術師レヤックだったとは驚きだ。
「わたしが病気で寝こんでいる時、いつのまにか、おばあちゃんがベッドの横に坐っていたことがあったの。内側から鍵のかかっている部屋によ」
話は突然にはじまった。怖くて聞きたくないという気持ち以上に、知りたいという好奇心が強く揺れ動いて、わたしは耳をかたむけた。
「おばあちゃんは、わたしの左手に両手を軽くのせ『心配いらないからね』と念を押すように話しかけてきたわ。わたしは、疲れていたので寝返りをうっておばあちゃんに背を向けてしまったの」
「それで、どうなった」
わたしは先をうながし、彼女の話すインドネシア語に耳をダンボにした。
「しばらくして振り返ってみると、おばあちゃんはいなくなっていたわ。きっと、壁を抜けていったのよ。生きているうちにレヤックの正体を明かすと自分が死ぬと言われていて、今まで言わなかったの」
話が終わると、心の重荷が取れたように彼女の表情が明るくなった。

この話を長期滞在の日本人S氏にしたら、こんなレヤックにまつわる話が返ってきた。
「年に1度、ペネスタナン(Penestanan)村でレヤックの呪術ナンバー・ワンを決める戦いがある。火の玉が上空でぶつかりあうんだ。見に行かないか」と、S氏はバリ人知人に誘われた。
いかにもありそうな話だ。
ペネスタナン村は、霊力の強い土地柄だと言われている地域。
バリ語のプネスチアン(penestian=nesti)が、ペネスタナンの語源と言われる。
そう、プネスチアンは、バリ語で魔術(マジック)のことらしい。
インドネシア語では、ilum gaib(ilum=知識・ gaib=不思議)。
疑り深い性格だが、人一倍好奇心の強いS氏は、バリ人からそんな話を聞いて「そんなばかな」と思いながらもでかけていった。
S氏とバリ人知人は、パノラマのように広がるライステラスを眺望できる丘に登り、木陰に身を隠すようにして腰をおろした。すでに数人のバリ人が出張っていた。世にも珍しいレヤックの戦いだというのに、彼らはサッカーの試合でも観戦するかのようなノリだ。
この日は闇の一段と深い暗月(ティラム・Bulan Tilem)。
靄がかかり闇も深まった頃、ひとつの火の玉が忽然と現れた。観戦者たちの「おーっ」という声が聞こえたような気がする。その気配を感じながらがS氏は息を飲んでいた。
火の玉はふたつ、みっつと増え、あっという間に11の火の玉が闇の空中を舞った。
 浮遊するオレンジ色の火の玉は、水の張られた田圃に写りこの世のものとは思えない幻想的な風景を創りだした。
「もしかするとこれはホタルの珍種かもしれない」
こんな光景をまのあたりにしても、なお疑い深いS氏は、眼を凝らして見つめた。
UFOのように不規則に飛行するオレンジ色の光る物体は、大きくなったり小さくなったりする。
そして、S氏の疑いが完全にふっ飛ぶ、決定的な光景が眼の前で繰り広げられた。
11の火の玉がぶつかりだしたのだ。いよいよ戦いのはじまりだ。
・・・・・しばらくすると、火の玉はひとつ、ふたつと暗黒の地面に吸い取られるように消えていく。最後にひとつの火の玉が残った。
残った火の玉は、勝ち誇ったように1度大きく光ると、一直線に天空に向かって消えていったそうだ。
S氏は、この体験のあとバリの不思議をすべて信じられるようになったという。

白呪術に対する黒呪術。もっと知りたいという衝動にかられる黒呪術。しかし、黒呪術の研究には危険が伴うと聞いている。研究しているうちに精神異常になった青年を知っている。おもしろ半分に興味を持つと危ないですぞ。くれぐれも黒呪術をかけられないように注意してください。

■エピソード追加(2009年4月22日)
《その1》
ウブドの西・チャンプアン橋を渡ったところにあるホテル・チャンプアン。ヴォルター・スピースの住居あとを利用して建築された老舗ホテルだ。ご存じのようにヴォルター・スピースは、1930年代ウブドに滞在し、バリ島の芸術振興に大きく寄与した人物だ。
なだらかな坂を上り、ホテルのエントランス前を通り過ぎると、道は右に少しカーブしている。このカーブの始まるところに、かつてワルン(簡易食堂)があった。かつてとは1990年頃のこと。ワルンは、道向こうの丘に登る急階段の正面にある。この頃、ウブドにはレストランの数も少なかった。
このワルンは繁盛していた。地元の人はもちろんだが、ツーリストの多くが通っていた。何故か、一度訪れると二度三度と通ってしまう魅力がある。 今はもうなくなってしまったが、当時「ワルンのおばちゃんがレヤックで、お客にマジックをかけていた」という噂が立っていた。場所はペネスタナン村、霊力の強い土地柄だと言われている地域だ。怖い話ですね。いったいどんな魔術を使ったのでしょうね。
レヤックは、世襲制なのでしょうか?それとも、自分の意志でレヤックを訪ねて修業に行くとか。修業道場があったりして、密かに修業をつんでいるんでしょうかね。
バリアンの中にもレアックがいるという話。サヌールのバリアンで修業した欧米人女性が、レアックの戦いをして亡くなったという話は有名だ。近頃、こんな話も聞くことがなくなったね。

《その2》
1997年、美容業界から出版される月刊誌の取材があった。取材陣は、ウブド以外にバトゥブラン村のY子さん宅にも行った。Y子さんの愛息の生後105日の通過儀礼(ニャンブーティン)の取材だ。
テラスには、正装に身を包んだ数人の婦人たちが腰を下ろして、儀礼の始まるのを待っている。その中のひとりの老婆に、取材スタッフが惹かれ、写真を撮った。写真は表紙に使われた。
送られてきたマガジンを見て、Yさんの家族は驚いた。「この老婆はレヤックだよ」

レヤック

1ヶ月後。Y子さんは、バトゥブラン・ダラム寺院のオダランに愛息をつれて出掛けた。お祈りのあと奉納舞踊を鑑賞するためにワンティランの隅に腰をおろした。愛息は、義母や妹たちに抱かれ機嫌良くしている。今は、婦人たちの間をたらい回しになっている。バリ人は幼児が大好きだ。あやすのが旨いので、赤ちゃんも嫌がらない。
突然、義母の慌てる姿が見えた。愛息が、今まさに老婆に抱かれようとしている。義母は、老婆から愛息を奪い取るようにして抱えて、その場を離れた。急ぎ足でY子さんに近づくと、すぐに、魔よけの赤タマネギを愛息の身体に塗りつけた。老婆は、あの「レヤック」と言われた老婆だった。
レヤックは、呪術を使って人を傷つけたり病気にしたりする。生後間もない赤子も好物だと聞く。Y子さんの愛息も、危機一髪だったわけだ。

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