「極楽通信・UBUD」



バリ人の精霊観(jin)




今回は、ペネスタナン村に住む《宮地あずさ》さんに執筆していただいた、ペネスタナン村に伝わる精霊の話です。お楽しみ下さい。(2010年11月・寄稿)



「ジン」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
バリに滞在していると、バリ人達の口から、何回かこの言葉を聞く事があるだろう。
ジン、とは川の近くに棲む、精霊のような存在だそうだ。
バリには川が多い。
山の方から海に向かって、縦横無尽に、大きなもの、小さいものが流れている。
バリ人の一般家庭の裏が、川になっている所も少なくない。
川の方に向かって傾斜していく土地のことを「ウルン・パンクン」と呼ぶ。
バリ人達は川の近くに、必ず小さな祠を建てる。
祠を建てずとも、毎日、供え物を欠かさない。 水辺には、「ジン」達の住む世界がある。
「ジン」は実在するのだそうだ。
多くのバリ人はその実在を疑わない。
姿かたちは人間とほとんど一緒。
一見しただけでは区別がつかない。
一説によると、口が「三口・ミツクチ」になっているのだそうだ。
よくよく見ると、分かるらしい。
会話も普通に通じ、普段はバリ人達と、全く同じような生活を送っているらしい。
ただ、棲んでいる世界が、異なるのだ。
何かの拍子で、その、異世界のゲートがこちらの世界と繋がったときに、こちらの世界の人間との接触が起こる。
通常、そのゲートは川の近く、水辺にあるとされ、バリ人達は「逢う魔が時」ビウ・カオンには水辺には近寄らない。
そして、水辺の地霊達へと共に、何事もありませんように、悪いことがありませんように、と供え物を欠かさない。
しかし、昼間に気付かず接触する時もあり、接触したからとて、とくに何か悪さをされる事も無いらしい。
ただ、「ジン」に連れ去られると、二度とこちらに戻ってこられないか、戻ってきても、こちらでは長い年月が経っているのだそうだ。
神隠し、浦島太郎・・・日本のそれらの民話を彷彿とさせる。
そして、その棲みかなどからして、日本の「河童」と酷似しているようでもある。
「ジン」は美しい女性の姿をしていて、どこどこの誰それは、「ジン」の娘と結婚して、あちらで子供ももうけている。どこそこの誰それは、何十年も「ジン」の村に行っていたが、最近戻ってきた。その間のことを多くは語らないらしい。
など、「ジン」に関する話題には事欠かない。


バリ人達は、特別「ジン」のことを怖がっているようでも無いが、ある種の「畏れ」を抱いているのは確かだ。懇ろに対応しないと、何か悪いことが起きるかもしれない、という。


☆農作業に行く途中、いつもの道を歩いていたら、見知らぬ女が前から歩いてきた。
「どなたですか?(どこからですか)」というバリ人特有の挨拶をかわす。
女は普通に、聞きなれない地名を返答する。
通り過ぎてから、なんとなく違和感を感じて振り返ると、女の姿はどこにも、影も形もなかった。
よくよく考えると、その女の顔つきが、どことなく常人離れしており、急に怖くなった。


☆中年の女性が、有る時、急に死んだ。
まだ若く、体力もあり、持病もなかった。
一日、行方不明になり、家族が捜しまわって、翌日、家の裏で、そんなに高くない所から転げ落ちるように死んでいた。
数日前から、近くの川の岩の上に、ぼんやり佇んでいる姿を、何人かが目撃しており、彼女はジンに連れて行かれたのだ、ということになった。


☆川に小魚を取りに、子供達がよく遊びに出掛ける。
水の中には、いくつか光源が有る。
太陽の光が水に反射しているのではない。
ヒカリゴケでもない。
その光は水の中から発しており、触ろうと思っても触れない。
夜中に、家の中の十字路を通る時、南北へと伸びる道は、「人間じゃないもの」の通り道とされ、赤ちゃんなどはなるべく連れて歩かないようにする。


☆有る時、年老いた父親が、夜中に寝つけず、バレ・ダウ(南の建物)の前のテラスに座っていた。
父親は、目が悪い。
その時、目の前の南北へと伸びる通路を、自分の息子が歩いて、外に出て行ったのがちらりと見えた。
白いシャツを着て、ぼうっとした姿が横切ったのだ。
父親は声をかけたが、息子の姿はもうなく、どこかに行ったのだろう、と思ってしばらくすると、当の息子が建物の中から「父さん、もう12時過ぎてるぞ。
こんな夜中になぜ寝ないのか」と言って出てきた。
「お前、今外に出て行かなかったか?」と聞くと「僕は今まで部屋でうたた寝していたよ」と息子は答えた。


そんな、ちょっと不思議な体験を、もしかしたら、それは思い違いではないのか?という体験を、バリ人達は「ジン」と遭遇した、と言う。


「ジン」の世界は目にはみえないが、確実にこの世と同時並行で存在しており、お互いにお互いの領分をわきまえて生活し、共存しているのだ、とバリ人は信じている。
そういう感覚が鈍くなっていると思われる、我々日本人も、気づかぬうちに「ジン」に遭遇しているかもしれない。
マレーシアにもジンはいるようで、こちらは魔物と訳されている。


☆お楽しみ頂けたでしょうか?
今回の筆者《宮地あずさ》さんは、ペネスタナン村で、バリ人の旦那様とバンガロー《プラサンティ》を経営しています。
バリの「不思議な話」「可笑しい話」「ためになる話」を訊きたい方は、是非一度お泊まり下さい。
プラサンティ「プラサンティ」のサイトへ


※こんな「トゥユル(Tuyul)」の話も聞いた。
サヌールに滞在している知人の話。
知人は小さな商いをして家族を養っている。
3〜4人の従業員を抱えている。明日は給料日。
知人は、鍵のある机の引き出しに給料袋をしまい寝床についた。
翌日、従業員に給料を渡した。
しばらくして、従業員たちが不信な顔で現れた。
封筒には、大きな金額のお金がなく、小銭ばかりだと言う。
そんなはずはない、昨日はきっちり精算して封筒の封をのり付けした。
しかし、従業員全員が嘘を言うはずがない。
取りあえず謝り、銀行でお金を引き出し、従業員に支給した。それにしてもおかしい。
近所の仲良しバリ人婦人に、この話をすると「うん、よくあるのよね」との返事。
「よくあるとはどういうこと?」と問い返すと「坊主頭でフンドシいっちょのトゥユルと呼ばれる子供の精霊のしわざよ」と答える。
「えっ、精霊でも悪いことをするんだ」。
「そう、精霊にも悪いのと善いのがいるのよ」。
サヌール地域では、この手の精霊の話がたくさんあると聞いている。
トゥユルは、子供が亡くなった家で飼われていることが多いそうだ。
家族は子供のなきがらをトゥユルに差し出し、主従関係になる。
トゥユルにお金を盗ませて裕福になっている家もあるという。
金回りの良い家などは「きっとトゥユルを飼っているのよ」と、主婦の間で噂になる。
「トゥユルを飼っている人は、誰かをおぶっているような姿で歩いているからわかるわよ」とバリ人婦人は教えてくれた。
防御策としては、現金のあるところや財布の中に、針やカミソリの刃などを入れておくと、無くならないと言われている。
今、あなたの部屋の片隅で、座敷童のようにトゥユルが、お金を盗むチャンスをうかがっているかもしれませんよ。
もちろんトゥユルは、人間の眼には見えません。
それぞれの地方で呼び名は違うだろうが、ウブドでは聞いたことのない話だ。
サヌールの他の知人から〈ブレロン〉というのも聞きました。バンリ地方では、バラン・カラ(baran kala)と呼ばれて存在するようだ。


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