「極楽通信・UBUD」



22「トランス・その1(喧嘩神輿)」





トランスという言葉を辞書で調べると「霊的陶酔状態、全身硬直症的状態、昏睡状態」などとある。しかし私の目撃したトランスは、そんな一言では解決できないものだった。
バリ人に、トランス状態になることを何と言うのか訊ねてみた。バリ語でクラウハン(Kerauhan)。インドネシア語でDatang。つまり「来る」という意味だと教えてくれた。「神と合体して会話し、自ら神として行動し、無限の享受を味わう。神が憑依した霊的な状態」を言うのだそうだ。私が目撃した、トランスのひとつを紹介しよう。トランス・その2(集団トランス)も、あわせてお読み下さい。


午後2時、パクサバリ(Paksabali)村のパンティ寺院(Pura Panti)に到着した。パクサバリ村では、クニンガンの日にパンティ寺院のオダランが重なる。
パンティ寺院の前は、小さな広場になっていた。オダランの際、この広場は寺院の外庭(ジャボ)として使われるのだろう。だからオダランに日には、正装でないと広場に入れない。
広場の中央にバナナの大きな葉が、寺院の門に向かって道のように敷き詰められている。広場には、それ以外に何もない。人の姿さえない。寺院は、狭い内庭(ジェロアン)だけの小さなものだ。
広場の片隅に建物がある。建物の中では、男衆が忙しそうに動いていた。近づいてみると、作り終えた料理を30センチ角ほどに切ったバナナの葉に盛り付けているところだった。バナナの葉はバリでは皿になる。
しばらくすると、40人ほどの子供たちがゾロゾロと現れ、バナナの葉の道の左右に座わった。男衆がそこへ、先ほど作っていた料理を運び込んだ。バナナの葉の道は、食卓だったのだ。子供たちが、元気な嬌声をあげながら食事を始めた。もちろん手で食べている。ひとつに皿から皆で食べるというのが、ここの儀式のようだ。こうして親族の結束を高めるているのだと言う。この寺院は、親族集団の寺院だと聞いている。


パクサバリ


子供たちの食事が終わると、バナナの食卓が片づけられた。いつの間にか現れた多くの男衆が4、5人連れだって、広場にあちこちに座り込んだ。10以上のグループができている。彼らの眼の前には、竹を裂いて作られた井桁にバナナの葉っぱが敷き詰められ、その上には食事がのっている。今度は、男衆の食事のようだ。雑談しながら、ひとつの皿から皆でつつく。儀式というよりピクニックにでも来ているという感じだ。
午後4時、広場の中央でバレガンジュールの賑やかな音が鳴り響いた。バレガンジュールの奏者たちは、上半身裸といういでたちだ。槍やノボリを持った男の子たち、頭に供物をのせた女衆、そして7台の神輿を担ぐ上半身裸の男衆。いよいよ祭の始まりだ。
男の子たちを先頭にした行列が、寺院から1キロ離れた川に向けて出発した。途中、盛装した女の子が数人、行列に加わった。村は丘の上にあり、急な坂を行列が川へ降りて行く様子が見渡せる。川原で儀式が行われ、男衆はマンディをする。


パクサバリ


午後6時、川で浄められた神輿とその一行が、バレガンジュールと女衆の祈りの唄とともに、夕闇迫る寺院に帰って来た。広場の入り口で儀式を済ますと、女衆は寺院の門付近に移動して、お祈りの唄を唄い始めた。間もなくして、クリスやノボリを持った男衆を先頭に、神輿が広場に入ってきた。7台の神輿が、狭い広場を右回りに廻り始めた。バレガンジュールの音が激しく打ち鳴らされと、神輿の威勢が増す。2人で担いでいた神輿は、2度3度と廻るうちに担ぎ手が増えていく。ついには、1つの神輿に20人ほどの男衆がまとわりついている。
いつの間にか、辺りはもう真っ暗闇になっていた。門に付いた豆電球の薄明かりで、担ぎ手の幾人かが、トランスに陥っているのがわかる。トランス状態の男の眼は虚ろになり、まるで魂を抜き取られたように茫然としている。クリスを高々と持ち上げている男は、生贄のヒヨコを食いちぎっている。


パクサバリ


神輿は猛烈なスピードで走り廻り、時折、ぶつかり合う。3台4台が団子状態になって揺れている。まるで喧嘩神輿だ。
1台の神輿が寺院の門に向かって突進した。寺院の門は、神輿が入るにやっとの広さで、トランスに入っている男衆の何人かが神輿から振り落とされる。高い階段から、人間が真っ逆さまにボトボトと落下するのだ。それでも神輿は強引に寺院に入れられる。落下した男衆も担ぎあげられ門を入っていく。門を入るのを拒むように、暴れる者もいる。狭い門で繰り広げられる壮絶な光景に、私はただ呆然とするだけだ。
7台の神輿と担ぎ手の全員が寺院に入り終わると、バレガンジュールが音が止んだ。一瞬に静寂が戻り、今までの光景が嘘のように思われる。
寺院の中では、お祈りが始まっていた。トランス状態の男衆は、司祭から聖水をかけてもらいトランスから解き放たれる。私は茫然自失状態で帰路についた。


ウク暦の第12週(KUNINGAN)の土曜日(SANISCARA KLIWON)、クニンガン祭礼日と同じ日に行われるオダラン(寺院祭礼)です。
※日程は「オダラン情報」でご確認ください。
※ツアー有り:★料金:1名様20US$/ウブド発ウブド発4.00pm/




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