「極楽通信・UBUD」



32「バナナの不思議(Pisang)」





南国の島・バリに来ていることを感じさせられるものに、椰子の木がある。
椰子の木がなければ、日本の田舎と、まったく変わらない風景もある。
私は、バナナの林にも南国を感じる。

私(1947年生まれ)が子供の頃、バナナは、病気になった時か遠足のおやつにしか食べさせてもらえなかった。戦後の団塊の世代にとってバナナは、今で言うマスクメロンのような高級な果物のイメージだった。その後、数年してバナナは安価なものになった。その世代にとっては、バナナはもはや有り難い物ではなくなってしまったようだ。
バナナは芭蕉科の植物で、世界でその種類は30種くらいあると言われる。大きく分けると、実をそのまま食べるテーブル・バナナと、火を通して食べる料理バナナがある。バナナは、バリ語でビユー(Biu)、インドネシア語ではピサン(Pisang)と言う。
バリのバナナには、大きさや味の違う種類が10数種ほどあるらしい。甘いBiu Susu(ミルク)、ほどよい酸味のBiu Gadang(緑色)、大きなBiu Raja(王様)、赤色のBiu Udang(エビ)、Biu Gading(象牙)、Biu Kayu(木)、Biu Batu(石)、Biu Dak、Biu Dangsaba、Biu Ketip、Biu Andong、Biu Ambonなどがバリで採れるバナナだ。他にインドネシアにはPisang Tanduk(角)、Pisang Biji(種)などの種類がある。Pisang Seribu(千)と呼ばれる小さなたくさんの実をつけたバナナを見たこともある。

バリのほとんどの家の裏庭に、バナナは自然に生えている。
バナナは、木と言うより巨大な草だ。
人間の背丈の2倍ほどに成長した、何本もの葉が伸びている茎のてっぺんから、花のつぼみがあらわれる。つぼみがついた短い茎は、ほとんど少し下に垂れ下がって、つぼみも斜め下を向いている。その短い茎に、小さな小さなバナナの房が少しづつ形つくられていくわけである。
ようやく実がバナナらしい形状をしはじめると、先っちょにぶらさがっていたつぼみが開いてくる。つぼみといっても、われわれが想像する可愛らしいものではない。まるで巨大な九官鳥のくちばしのような形で、粉を吹いたえんじ色をしている。
やがてつぼみの一番外側から1枚づつ、花びらが開く。その大きな花びらの内側は、眼が醒めるような美しい深紅の色をしている。数枚の花弁が開いた姿はエロティックかつグロテスク。つぼみは、バナナの実が美味しく、甘く実るために、小さいうちに切り取ってしまう。
バナナは、房で実をつける。ひと房にはいくつもの実がつく。バナナにはほとんど根がなく、房の重さに耐えかねて倒れそうになるのを、竹で補強しているのをよく見かける。
1度房をつけたバナナの茎は、2度とつぼみをつけない。そのかわり、ひとたび根付けば同じ株から次々と新しい茎が生えてくる。生命力の強い植物だ。バナナは、苗を植えてから実がなるまでに、およそ6ヶ月の時を要する。季節は1年中だ。

バナナもココナツと同じように、さまざまな用途がある。
実はもちろんのこと、つぼみも茎も食べられる。(種類によっては、アクが強すぎて食用に向かないものもある)
茎は、包丁で簡単にスパッと輪切りにできるほどみずみずしい。切り口は、タマネギをスライスしたような年輪模様になっている。しかし、リング状ではなく何層もの三日月形をした茎が連なって、芯を包んでいる。
実のつく前の若いバナナの茎は野菜として使われ、デボン(Debong)と呼ばれる。茎を薄くスライスして鶏肉と一緒にカレースープで煮込んだものは、ジュクッ・アレス(jukut ares・ジュクッとは野菜料理の総称)と呼ばれる、バリの典型的なおふくろの味だ。
収穫を終え役目を果たしたバナナの茎は、細かく切って米ぬかとともにさっと煮て、豚の餌にする。
他にもユニークな利用方法がある。まず、グボガンと呼ばれるお供え物を作る時、この茎を芯にして果物やお菓子を竹串に刺し、積み上げていく。グボガンとは、プラオダランの時、女性達が頭の上にのせて運んでいる、あの大きくてカラフルなお供え物だ。
そして、ワヤン・クリッにもバナナの茎は欠かせない。スクリーンの下に直径20センチ以上もある長い茎を寝かせて置き、そこに影絵人形の軸を差し込んで固定するのだ。

次は、バナナの葉。緑の初々しい葉は、肉や魚を包んで蒸し焼きにしたり、米の粉をココナツ・ミルクで練ってバナナのスライスと一緒に葉に包んで蒸したりと、料理やお菓子にも大活躍の優れものだ。ナシ・チャンプールはじめ、あらゆる食物を、バリ人たちはバナナの葉で上手に包んでしまう。皿として使えば、ゴミとして捨てても自然に帰る。
枯れてしまって垂れ下がった葉は、破れ提灯のように惨めで、暗闇で見るバナナの林は、物の怪でも隠れていそうな雰囲気で背筋が寒くなる。バリ・アガの村トルニャンのバロン・ブントックは、この枯葉が衣裳だ。
三日月形した茎は、枯れると渋い焦茶色になる。これを、よって紐にしたり、雑貨小物のアクセントとして使うことも出来る。バナナの実に繊維が豊富に含まれているのはよく知られているが、じつは、その茎も葉も丈夫な繊維でいっぱいなのである。日本の紙幣も、バナナと同属の植物からとられる繊維を使っている。
それでも多くのバナナの茎は、放置されたまま腐っていく。私はバナナの茎を再利用することを考えて、紙を作っている。バナナの茎にある繊維は、シルエットの美しい丈夫な紙になる。
南の島の風物詩であるバナナが、こんなに利用価値があるとは、ほとんどの日本人は知らないだろう。・


(2009/8/3)



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