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31「四郎のニュピ体験」





オゴホゴ


四郎は、ひと月前からウブドの中心地・カジェン通りにあるロジャーズ・ホームステイに滞在している。
毎日のように供物を作っている女性たちだが、この頃、特に忙しそうに大量の供物を作っている。四郎はカメラを片手に、テラスに座り込んで手先を動かしている女性たちに声を掛けた。
「この供物は、何の祭りに使うのですか?」
「あれ、あんた知らないのかい?」
年長の女性が少し軽蔑するような眼で見た。
「これは、ニュピのための、お供えものだよ」
「・・・・・」
「ニュピは、ノー・イート、ノー・ライトだよ」
手先は休ませずに、お手伝いのワヤン嬢が答えてくれた。
この時の四郎は、ニュピどころがバリのことはまったく知らなかった。
昨日の昼過ぎ、サレン王宮の前で、正装に身を包んだ大勢の人が何台ものトラックから降りてくるのを、昼食の帰りに見た。ロジャーズの女性たちも、朝早くからトラックに乗って海の方へお祈りに行ったようだ。あれも、ニュピに関係するものなのか。
良く理解できないという顔をして、四郎は部屋に戻った。
そして、ニュピ前日となった。
とにかく、食料を調達しなくてはいけないことはわかった。さっそく、ミニ・スーパー・ティノへ買い出しに出掛けた。昼を少し過ぎていたが、すでにパン類は売れ切れて、残るはお菓子類だけだった。しかたがないので、ビスケットとオレンジ・ジュースを手に入れて店を出た。
サレン王宮の前では、大規模な儀式が行われていた。なんでも、地下の霊を鎮めるための儀式だとのことだ。


夕方近くになってワヤン嬢が「サレン王宮の十字路で、オゴホゴが出るよ」と教えてくれた。そのオゴホゴなるものが何なのかわからないが、とにかくサレン王宮まで出掛けることにした。
スゥエタ通りに出ると、山側から大勢の男たちにシンバルを叩いて行進して来るところだった。そのうしろから、高さ3メートルはあろうかと思われる巨大な張りぼて人形が乗った御輿が進んでくる。サレン王宮の前にも、数台の巨大張りぼてが鎮座していた。これがオゴホゴというものか。
張りぼては、妖怪のようなおどろおどろしたものばかりだ。口から血を滴らせた妖怪、首がグルグルと回る妖怪。どれも、かなりリアルに出来ていて、バリ人は器用なんだな、と感心した。


夜8時近くになると、十字路は大勢のバリ人であふれた。そのまわりをツーリストたちが興味顔で覗いている。
しばらくすると、激しいシンバルの音とともに、御輿がいっせいに担がれた。それぞれの御輿は、シンバル音にあおられるようにして、十字路でダイナミックに2度3度回転すると、チャンプアン橋のある西の方に向かって走っていった。数えてみると、御輿は8台あった。
ホームステイに帰ると、奥の方から、ガンガンガンガンという、とてつもなく大きな雑音が聞こえた。たいまつを手にした、おばあちゃんを先頭に、奥さんとワヤン嬢が、手に手に鍋や鍋の蓋を棒きれで叩きながら歩いて来た。四郎を見るとみんなの顔が微笑んだ。ワヤン嬢が四郎も、一緒について来いと手招きする。四郎は、顔の前で掌をヒラヒラさせて断った。 女性たちの行列は、屋敷の隅々をくまなくまわって終わった。隣り近所からも、ガンガンという音が聞こえてきた。
「家中の悪霊を追い出すんだよ」とワヤン嬢が、また教えてくれた。
そうか、オゴホゴといい、今のガンガンという騒がしい音は、悪霊を地上から追い払う儀式なんだ。


1夜明けて、ニュピ当日。
朝、起きてみると、いつもの近所の子供たちの騒ぐ声、裏の路地を飛ばすバイクの爆音などがいっさい聞こえない。まったくの静寂。
いつものように、ワヤン嬢が朝食を持って来てくれた。
「本当は今日1日、火を使うのはダメなんだよ。だから、料理もダメなの」
四郎は大きく首を上下に振って、ワヤン嬢にそうですかと意志表示し、寝起きの一服に火をつけようとした。
「あっ、タバコもダメだよ」
ワヤン嬢は、いたずらっぽい笑顔でそう言った。
そうか今日は、ノー・イート、ノー・ライト。火も使って行けない日なんだ。
「今日はサコ暦の新年だから、バリ人はみんな、今までの反省とこれからの1年の幸せを祈って、1日何も食べずにじっと座って瞑想するんだ」
「・・・・・」
「ホレ、あそこの部屋の前で、おじいちゃんも瞑想しているでしょう。静かにしていないと、昨日追い出したはずの悪霊がまた戻って来てしまうのさ」
そういえば、3度の飯より闘鶏が大好きなお爺ちゃんが、先ほどから厳粛な顔で座っている。四郎はその姿を見て、なんだか自分も神妙な気持ちになり「よし、わたしも今日一日、静かに瞑想してみよう」と思うのであった。






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