「極楽通信・UBUD」



チャンプアンのラクササ(Raksasa)





昔々、ウブド村の西の端は小高い丘になっていた。
細い坂道を上っていくと、左手に火葬場がある。さらに進んで急な坂をくだると、東ウォス川と西ウォス川が合流する渓谷に出る。
8世紀の始め、この地を訪れたヒンドゥー教の高僧ルシ・マルカンディアは、2つのWos川が合流することと、この地で、これから進むべき道の思考を混乱させられたことにちなんで、チャンプアン=Campuhan(古代ジャワ語・現在バリ語で、混ざるという意味のチャンプー=Campuhに由来する)と名づけた。
日本なら、さしずめ2つの川が交わるところから、落ち合う=落合と名付けられるだろう。
今はコンクリートの橋が架かっているが、その昔は渓谷を下り川底の浅いところを道として渡っていた。
このチャンプアンの川のほとりに、岩壁を掘った洞窟があった。
洞窟は、ルシ・マルカンディアとその従者が瞑想した場所だと考えられる。
現在は、コンクリートで埋められている。



グヌン・ルバ寺院の見える風景


この話は、その洞窟にまつわる伝説だ。
ある夜のことだ。
夫婦は、いつものように行商に出かけた。
その帰り道、突然の雨に襲われて2人はチャンプアンの洞窟に駆け込んだ。
洞窟は気味が悪くなるほど薄暗い。
雨はますます強くなる一方だ。
夫婦は肩を寄せ合うようにして入り口でしゃがみ込んだ。
しばらくして、洞窟の奥から得体の知れない物が2人に近づいてきた。
寒さのために、2人はまったく気がつかない。
得体の知れない物は、2人の背後に立った。
夫婦は背筋に冷たいものを同時に感じ、お互いの顔を見合わせた。
そして、振り返った。
そこには、世にも恐ろしい悪霊が2人を見下ろしていた。
洞窟が悪霊のすみかだとは知らなかった2人は、腰を抜かすほど驚いた。
わなわなと震え怯える夫婦は「命だけはお助け下さい」と哀願した。
「おまえたちの命はいらない。その変わりに、若い娘を生け贄に出せ。そうすれば、ひきかえに富を授けてやろう」
働けど働けと、いっこうに貧乏から抜け出せない夫婦は、悪霊のこの誘いに大いに食指が動かされた。
「生け贄の若い娘は、お前たち夫婦の家にいる娘だ。子豚の丸焼きのようにこんがりと焼いて持ってこい」
家には、実の娘と姪がいる。
つらい行商に追われる生活に前途を失望している夫婦は、大いに悩んだ。
そして、思いついた。
「そうだ姪を生け贄にしよう」


夫婦は、一目散にわが家へと急いだ。
真っ暗闇の中で2人は生け贄を用意した。
あまりの暗さに間違いを犯してしまった。
姪を殺したつもりだが、実は自分たちの娘を焼いたのだ。(伝説といえども残酷な話だ。著者の声)
したくがととのうと、2人はそれを抱えて洞窟へ向かった。
働きづめですっかりお腹をすかせていた夫婦は、よく焼けた肉の匂いに誘われて洞窟に着く前に味見をしてしまった。
すると不思議なことが起こった。
どうしたことか、夫婦はみるみるうちにラクササ(巨人)と化したのだ。
爪はのび、牙が生え、顔は醜く、声はかすれ、嫌な臭いまで漂いだした。
夫婦は自分たちの愚かさを悔やんだ。
しかし、時すでに遅し。
こんな姿で村へ戻ることもできず、夫婦は洞窟に身を隠すことにした。


悪霊は夫婦につきまとい、毎日のように生け贄を持ってくるように催促する。
こまり果てた夫婦は、しかたなく寺院祭礼のさなかに踊り子をさらうことにした。
寺院祭礼のたびに、踊り娘がひとり消えることを不思議に思った村人は、相談し、ひとつのアイデアを考えついた。
踊り娘たちに米粒の入った小さな包みを持たせることだ。
万一さらわれた時には、この米粒を道筋に落としていけば行方がわかるというわけだ。
そして寺院祭礼の日、踊り娘たちは米粒の入った袋を持たされた。
しかしこの日も、村人たちの細心の注意にもかかわらずも、踊り子がひとり消えてしまった。
村人たちは、さっそく米粒のあとを追うことに。
ところが残念なことに、米粒は川のほとりで途絶えてしまっていた。
そんな騒動から数日後、水田を耕している農夫の前にラクササが現れた。
農夫は驚き逃げようとするが、ぬかるみに足を取られて逃げることができない。
そこで農夫は、降参するふりをして、こう言った。
「おいラクササ! 俺の筋肉はそう簡単には食いちぎれないぞ。
ごちそうをいただく前に、お前の牙を切り株で研いたらどうだ」 
ラクササは、農夫の言うように切り株に牙を突き刺した。
まぬけた話で、牙は切り株にしっかりと刺さり、口にはねばねばした樹液がくっつき離れなくなってしまった。


こうして農夫は、身動きのできないラクササを退治した。
村人総出でラクササの足跡をたどると、チャンプアンの川のほとりにある洞窟にたどり着いた。
洞窟に入って行くと、そこでは大女が石臼を前にして何かをこしらえていた。
村人たちが大声をだすと、大女は洞窟の奥へ逃げて行った。
村人たちは、洞窟の入り口にありったけの薪を積みあげると、火を放った。
洞窟は燃やつきた。
こうして、寺院祭礼で娘の消えることはなくなった。


※ラクササ(Raksasa)は、巨人、怪物、大きな、巨大なという意味のインドネシア語で、サンスクリット語が語源。besarやrayaの大きいさよりも、さらに大きい。
rapat raksasa= 大集合。tank raksasa=大型タンク。cumi-cumi raksasa= 怪物イカ。
kantor raksasa=巨大企業。のように使われる。



チャンプアン橋                  グヌン・ルバー寺院周辺



オダラン@グヌン・ルバ寺院




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