「極楽通信・UBUD」



オゴホゴ(Ogoh-Ogoh)





オゴホゴ

「オゴオゴ」と読まれることが多いが、バリ人の発音を聴いていると「オゴホゴ」と聞こえる。と言うことで、ここでは「オゴホゴ」と呼ぶことにした。
オゴホゴとは、ニュピの前日に町や村を練り歩く、張りぼて人形の御輿のことである。これは今、バリ人の信仰から切り離せない、邪悪な力を追い払うための行事となっている。バリ観光の見所のひとつにあげられる行事でもある。
オゴホゴが、キャンセルになった年がある。大統領選挙(2004年4月)前で、少々興奮気味の島民に刺激を与えない配慮からと、オゴホゴ御輿で喧嘩があり死傷者が出た翌年だ。
キャンセルになった理由とバンジャールのイベントでディスプレイとして使われている現状を見ると、古くから伝わる宗教儀礼だとは考えられない。

ニュピ前夜に行われる儀式は、ングルプック(Ngerupuk)と呼ばれる。
ニュピ前日の月が隠れてしまう日(暗月=Telem)、冥界のヤマ神は地球を大掃除をする。そのため悪霊ブト・カロ(Bhuta Kala)は、地下から追い出され地上にはい出る。
ウブドの変則十字路では、生贄を捧げ、ムチャル(悪魔払い)儀礼が行われる。家々では家族が、鍋釜など音の出るものを手に、屋敷内の隅々をガンガンと鳴らしながら廻る。道では、爆竹がうち鳴らされる。これがングルプック(プングルプガン)である。

オゴホゴの歴史は意外と新しい。
インドネシア独立後(1945年)、オランダが再侵略を目論んでいた数年間、国民の集会は固く禁止されていた。その後、政治不安は取り除かれたが、国民に不満は残った。
このはけ口を、バリ人はオゴホゴに託したのではないだろうか。
芸術における豊かな創造性を持ち合わせたバリ人たちは、さまざまな形の悪魔(Kala)の玩具を製作するようになる。
年代は不明だが、オゴホゴが最初に登場したのは、デンパサールのフェスティバルだったと聞く。その後、サヌールのフェスティバルにも登場。ウブドは、サヌールのフェスティバルを観たあとだと言われている。それがいつの間にか、ングルプック儀礼の一つとして、ニュピの前日に練り歩くことになった。

オゴホゴ作りは、ニュピの約2〜3週間前から各バンジャールで始まる。村の若者たちが数週間かけて制作するオゴホゴは、竹や木を編んだ骨組みで出来ている。その骨組みに、紙や布を貼付け、色を塗り、衣装をつけ、髪の毛をつけ、いろいろな装飾を施していく。
当初は、マハバラタとラマヤナの叙事詩に含まれる神話に登場する悪魔をモチーフにした巨人や食人鬼や動物などがほとんどだったが、いつのまにかスパイダー・マンやゴジラ、トムとジェリーなども登場するようになった。数年前のデンパサールでは、悪霊に混じって、クタの爆弾テロの犯人のひとりが、爆弾を抱えてオゴホゴになっていた。電飾を取り入れた華やかなオゴホゴも増えた。これは、どう考えても、宗教儀礼というよりは祭りのノリだ。
将来、日本の「ねぶた」のように明かりが内蔵されたオゴホゴも登場するかもしれない。それを見てバリ人は「ワヤン・クリッ(影絵芝居)のオゴホゴだ」と騒ぐだろう。

ウブドでは、夕方になるとサッカー場に、高さ3〜4メートルあるオゴホゴが各バンジャールの青年団に担がれて集結してくる。子供たちの小さなオゴホゴも鎮座する。総数20体はある。
日が傾き始める頃、オゴホゴはサッカー場を出発する。変則十字路でグルグル回るというパフォーマンスを見せたあと、チャンプアン方面へ練り歩いて行く。
たいまつの灯りとバレ・ガンジュール(シンバル・ガムラン隊)の音は、悪霊ブト・カロを地下から追い出しているのか、オゴホゴの行列を煽り立てる役目なのか、それともその両方なのか。とにかく賑やかな行列だ。
練り歩いたあと、オゴホゴは、村のお墓で燃やされる。これは、練り歩いた際、オゴホゴの中に封じ込められた邪悪な力を一緒に燃やすのだ。
こうして、オゴホゴはングルプック儀礼の役目を終えるのであった。


動画は《ニュピ(2017年3月28日)》前夜(27日)、ウブド十字路のオゴホゴ