「極楽通信・UBUD」



バンジャール(Banjar)






バリの村にバンジャール(Banjar)と呼ばれる、バリ特有の最小単位の村組織がある。
jarは”悲しい”という意味のバリ語で、悲しいことをなくすための助け合いの組織のことだ、とスバリ村のグスティ君は教えてくれた。
いくつかのバンジャールが集まってデサ・アダットと呼ばれる慣習村ができている。
アダットとは、しきたり、習わし、地域の独特な伝統といった意味になり、バンジャールや各デサ(村)ごとに、それぞれ違うアダットがある。
そんな理由からバリ人は、何かを説明する時「わたしの村では」と前置きする。
マジャパイトのバリ支配時代、王権への脅威に一般村民があった。
村民の結束を最小限に押しとどめるため、もっとも小さな単位のバンジャールに分けられ、王宮からの賦役義務が命じられた。
バンジャールとデサの組織、そして、潅漑システム=スバックの基礎は、8世紀、高僧ルシ・マルカンディアによって作成されたと言われている。

バンジャール

バンジャールの構成でもっとも重要なメンバーは、K・K(カーカー)=Kepala Keluarga(家長)と呼ばれるもので、男子が結婚し、夫婦となってはじめて正式のメンバーになれるとされている。
これは、神々への供物を作る女性がいないとバリ人としての社会生活が成り立たないためだ。
だからバリ人は、必ず結婚しなくてはと考えるのだ。
K・Kの権利は父親から息子夫婦へと受け継がれ、集会には男性だけが出席する。
外部から移り住んだ人も、構成員としての義務を果たせばバンジャール成員になることはできる。
バンジャールは、ある一定の人口が増えるとバンジャールを分離する。
例えばウブドの場合、山側ウブド(Ubud Kaja)、海側ウブド(Ubud Kelod)に別れ、その後、中間ウブド(Ubud Tengah)と増えていった。
現在は、家長メンバーの他は、主婦たちの組織P・K・K(ペーカーカー)=Program Kesejahteraan Keluarga、未婚の青年と未婚の女子の組織プムダ・プムディ(Pemuda Pemudi)などがある。
おもな役割は、プラ(寺院)の維持、管理、オダランの運営や奉仕活動の義務だ。
そして、パンチョ・ヤドニョ(Panca yadnya)と呼ばれる5つに分類された儀礼に対する奉仕。
*デワォ・ヤドニョ(Dewa yadnya)=神の儀礼
 寺院祭礼
*ブト・ヤドニョ(Beta yadnya)=ブトカロの儀礼
 寺院祭礼
*マヌソ・ヤドニョ(Manusa yadnya)=人間の儀礼
 結婚式、削歯儀礼、子供の誕生日(=Oton/Ngotonin・オトン)
*ピトロ・ヤドニョ(Pitra yadnya )=死者儀礼
 火葬儀礼を含む葬儀
*ルシ・ヤドニョ(Rsi yafnya)=司祭になるための儀礼

プラに対する奉仕のことを、ンガヤ(Ngayah)と言う。
ンガヤは丁寧語として、称号を持つトリワンサ階層にも使われ、トリワンサ以外のジェロ階層はンゴーパン(Ngopan=Ngopen)と言う。
さらにバレ・バンジャール(バンジャールの集会場)や道路などの公共施設の建築、維持、管理。
村民が、必要な労働力を求めるときに参加する。
これらの奉仕活動は、ゴトンロヨン(Gotong royong)と呼ばれている。
その他に、ガムラン・グループのスカ・ゴン(Sekeha Gong)や、田植えや収穫、田んぼの水利を管理する組織スカ・スバック(Sekeha Subak)などもバンジャールに関わっている。
ンガヤ(ンゴーパン)とゴトンロヨンは、バンジャールの人々の重要な役割で、バリ人社会の基盤でもある。
奉仕活動は、カーストや貧富に関係なく平等に役目を担うことになっている。
バンジャールには通常、外部からの侵入者をチェックするための見張り小屋、ポス・カムリン(Pos Kamling)が村の入口近くの道路脇に建っている。都市部や幹線道路沿いの村では見かけることは少ない。
村人は、交代で村やプラを警備し、特にプラにある儀礼のための大切な品物が盗まれないように気を配っている。
もし、不審な人物でもいたら、クルクルで警報の合図を打ち鳴らしバンジャール中に知らせる。
インドネシアはギャンブル禁止なのだが、よくこの小屋でカード・ギャンブルに興じる村人を見かける。

こんな話を聞いたことがある。
村人の結婚については、バンジャールの人々の承諾が必要だ。
あるバンジャールで、未婚の女性が妊娠した。
相手の男性は、よそのバンジャールの人間で、どうも結婚についての返事がはっきりしない。
そこで、女性の方のバンジャールから結婚の承諾を相手のバンジャールへもっていく。
これは女性側のバンジャールの面目をかけて大切なことで、必ず結婚にもっていこうとする。
そして、バンジャール同士の喧嘩になってしまうこともある。
こんなふうにして、村を守っているというわけだ。
バンジャールのほとんどは親族集団か信徒集団といってもよい。
そのため、結束も固いのだ。

バリ西部にあるジェゴグで有名な村での話。
ある村人男性が同じ村の人妻に手を出した。
それが露見し、村では大騒ぎになった。
さっそくバンジャールで集会が持たれ、男性の処分について話し合いが行われた。
結論はなんと、米2俵だったと言う。
これでことが丸く収まるのも不思議な事だ。
こうしてもめ事を大きくせずに、ある意味で穏便にすませることによって、村人の生活をひとつにまとめているのだと思う。
保守的ではあるが、こうしたバンジャールのまとまりが、バリの平和と穏やかな日々を育んでいるのかもしれない。
賛否両論はあるだろうが、こんなバンジャール組織が、いつまで続くか、また改革されるのか、ツーリストとして客観的に見届けたいと思っている。

好奇心から、Banjarをインドネシア・日本語辞典(谷口五郎編・1995年版)で調べてみた。
なんと載っているではないか。
意味は、バリのBanjar(最小単位の村組織)とは違い、列:ひと並び、とある。
同じスペルで同じ発音のBanjarでは、インドネシア人も戸惑うことだろう。
どんな混乱が生じているのか、以前、アパ?のインドネシア語講座の講師をしていたランギン・スンバダ氏に訊いてみた。
彼は「Banjarというインドネシア語はない」と断言した。
しかし実際に辞典には載っている。
スンバダ氏は「列:ひと並び、という言葉は、普通Jajarを使う」と言う。
現在、Banjarは使われていないようだ。
Jajaを辞典で調べると、意味はBanjarと同じだった。
そんなことで、わたしの心配も危惧に終わった。

(作成日:2014年11月16日)




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