「極楽通信・UBUD」



6「ウブドのセンゴール」





ウブド奇聞、その二の「妖怪ガマンは赤たまねぎが苦手」で少し触れた、今は無きウブドのセンゴール。センゴールがなくなってからウブドを訪れた人には、それはいったいどんなところだったのか興味を持たれることだろう。
昔はよかったと言うつもりはない。こんな光景が以前、ウブドにあったということを伝えたい。


ウブドのパサール(市場)の中央にビンギンの巨樹がある。鬱蒼とした枝葉の影に、熱帯の刺すような太陽の陽射しをさけるように、小さな寺院がある。デワ・ウィシュヌ(豊穣の神)とその妻デウィ・スリ(農業の女神)との間に生まれた、種子、庭園の女神デウィ・ムランティンが祀られている。ムランティン寺院と呼ばれる市場の寺院だ。祭礼の日には、農業の人はもちろん、商業を営んでいる人も、お祈りにくる。
ムランティン寺院の東隣り、今は鉄筋2階建のショッピング・センターになっているところにウブドのセンゴールは1989年〜1993年11月22日までの4年間存在した。テニス・コートが3つ入るほどの広場で、市場より1メートルほど低くなった窪地だった。広場というにはあまりにもお粗末な、砂塵の舞い上がる小さな砂漠のような空き地に15軒ほどの屋台が並んだ。


センゴール1 センゴール2


開設にはウブド村営観光案内所「ビナ・ウィサタ」の設立者シルビオ・サントーサの助力があった。彼がジャワ人であったからかどうかわからないが、バリ人の出店が3軒と少なく、オープン当初シルビオと地元バリ人の間で小競り合いがあったと聞く。
毎朝4時頃になると、今と同じように朝市が開かれていた。朝市が終わると、広場は掃き清められる。大きなゴミは奥の崖の下に投げ捨てられ、山のようになったゴミは、近くに寄ると悪臭が鼻をついた。
陽が西に傾き始める頃になると、大きなテーブルを乗せた台車がぞくぞくと広場へやってきて、手際よく仮設の食堂が造くられていく。
細い木の柱が6本、それをさらに細い横木で組み立て、ビニール・シートで屋根をおおって小屋のできあがり。広場いっぱいに、青や茶色のビニール・シートの屋根が賑やかだ。
テントの中央に、細長いテーブルが設置される。ビニールのテーブル・クロスは、清潔なフキンで拭かれていないようで、肘をのせるとべたつく感触が気持ちが悪い。向かいの客の手元が見えないように配慮したのか、テーブルの中央にはビール、コーラなどのボトル類がズラーッと並ぶ。
並べられた飲み物はもちろん売り物で、注文すると目の前の1本が栓を抜かれる。もちろん冷えていない。冷たいのが欲しい時は、「ディンギン(冷たい)」と頼むと、氷(エス)の入ったグラスが出てくる。
テーブルの両側に木の長椅子が置かれる。そして、調理のためのコンロの上と客席の真ん中に灯油ランプをひとつづつ吊り下げて準備完了だ。ちゃんとユニット風になっていて、30分ほどでワルン(屋台)は組み立てられてしまう。さあ、夜のマーケットの開店だ。


インドネシア語でパサール・マラム(ナイト・マーケット、夜市)。バリでは通称「センゴール」と呼ばれ、庶民に親しまれている集合屋台である。町や少し大きな村には必ずある。ウブドの近くでは、ギャニアールのセンゴールが大きい。
デンパサールのクレネンにあるセンゴールは、食べ物屋以外にも雑貨店が軒を連ね、数100軒はあるか思われるほど大規模だ。「アパ?」主催のデンパサール観光ツアーには、クレネンのセンゴール見学が入っていて、楽しいことうけあいだ。是非参加してみてください。
センゴールとは、「すれ違いざまに軽く接触するような状態」のことを言うジャワ語でもある。彼らは人混みの中で恋人を探す時、この「センゴール」な行動をする。肩を軽く触れ「ごめんなさい」と言いながらきっかけをつくるのだ。こんなことからかパサール・マラムは、いつの頃からかセンゴールと呼ばれるようになった。


当時のウブドには街灯はなく、時たま、ワット数の小さい裸電球が四つ辻についている程度だった。センゴールの屋台から漏れる灯油ランプがうらぶれたたよりない明かりを灯し、イスタンブールの路地裏にでも入り込んだような、なにやら怪しげな危険な匂いを醸し出していた。
バビ・グリン(豚の丸焼き)、サテ・カンビン(山羊の串焼き)、イカン・バカール(魚の唐揚げ)の1品ものの店から、各種インドネシア料理のある屋台が10数件、櫛状に並んでいた。
道からセンゴールへは、1メートルほどの浅い堀割がある。雨の時は、泥水のたまった堀割を飛び越えなくてはならない。溝の淵の足場は弱く、飛び越えようとすると崩れ泥の中に足をつっこんでしまう。


いつも賑わっているのは、道路にもっとも近い屋台だ。
粗末な長椅子は、ガタガタグラグラするので気おつけて座らないといけない。特に、端に座る時には要注意だ。反対側に座る人の行動に気を配っていないと、シーソー状態になって墜落ということになる。
客は、地元の人と旅行者が半々といったところだ。レストランの少ない時代のこと、節約旅行の外国人でいつも賑わっていた。外国人ツーリストが多いので、屋台のお兄ちゃん、お姉ちゃんも片言の英語が話せる。コピー用紙にパウチッコ(ラミネート加工)された、A4サイズのメニューが出てくる。メニューは親切にも英語で書かれてある。
腰をおろすと、まずアイル・プティの入った大きなガラス・コップにが運ばれて来る。アイル・プティは湯冷ましの水のこと、これはサービスだ。
皮膚病にかかった痩せて汚い犬どもが、餌を求めて屋台のまわりを徘徊する。喧嘩でかじられて半分耳のない犬や首にでっかい穴がぽっかりあいている犬もいる。物欲しそうに飢えた彼らが、食べ残しをたかりに足もとに集まってくる。センゴールでは、こんなものを見ながら食事をするのである。
食器は安物の陶器皿。今まで悪名高い皮膚病のバリ犬にも動じず「おいしいおししい」と言って食べていた友人が、食器を洗う現場を見たとたんに吐き気をもよおし、お腹を壊してしまった。
食器は、残飯が捨てられると数枚に重ねられて、水の張られた大きなプラスチックのタライにつっこまれる。何度も使われたと思われるほど泥色の水だ。手のひらで軽くなぜるようにして汚れが落とされると、もう1つのタライの少しはまだ透明な水に浸すように通す。真っ黒なフキンで水を切ると、料理が盛りつけられる。
屋台には水道も井戸の設備もない。水は市場の奥にある公衆トイレの脇にある水道から、それぞれの店の人がバケツで運んでくる。水は貴重、そんなことで、このタライの水はかなりの枚数の皿を洗うことになる。
結構汚いところでご飯を食べていたものである。不衛生きわまりないところだ。舞台裏は見ないに限る。
ツーリストにとっては、この雑然とした雰囲気が「これが東南アジアだ」と興奮する観光名所ともいえる。
また、単に胃袋を満たすだけでなく、ツーリスト同志の絶好の情報交換の場であり、現地の人たちと気さくに楽しく会話ができる社交場でもあった。その土地の生活や文化、人々を知り感じるには最適の場所だ。


ある時期、日本人ツーリストが溜まるワルンができた。
日がとっぷりと暮れた8時から9時頃が、常連が集まってくる時間帯だった。マンディをすませ、室内の薄暗い電球の明かりでは本も読めなくなり、手持ちぶさたになった頃、足は自然とセンゴールへ向いてしまう。
毎晩同じような安い料理を食べながら、くだらないことを駄べるだけのことだが、いつものワルンにいつもの時間に行かないと、1日が終わらないような気持ちになっていた。
年齢、経歴、価値観のまったく違う面々が、狭いワルンの汚いビニール・クロスの上でかわす会話は、変化の少なくなった長期滞在者にとって日常の中のひとつの刺激とするところでもあった。
今日の出来事を報告しあったり、新たな情報を交換したり、新顔のツーリストが混じると彼らのユニークなアジア紀行のようすを聞いた。新顔はあらたに常連となる。また、今までの常連が旅立ち、次の日から顔が見られなくなってしまう。再会を誓いはするが、2度と会うことのないかもしれない旅行者との別れは少し感傷的になる。
ウブドのセンゴールには、妖艶な空気とでも言おうか、独特な雰囲気が流れていた。同席したバリ人の熱い視線に負けて恋に落ち、悩んでいる娘も多かった。日本人同士のカップルもできた。ウエスタンの恋人ができた人もいた。
長期滞在の面々は横のつながりでもって、ゴシップじみた噂話に花を咲かせたこともある。やはり、その手の話題は1番の関心のマトだ。
激しいスコールが降ったり、身体の具合が悪かったりして、ある夜そこへ行かなかったとしよう。翌晩、顔を出すと「昨夜は何をしていた」「いいレストランで食べたのか」「さてはPacar (恋人)ができたな」などと質問攻めにあう。
長期滞在者の妙な連帯感で、1晩でも顔を見ないと心配したものだ。実際に、何日も顔を見せない人が病気だったことがあり、みんなで見舞いにいったりもした。
常連たちを募って、山間部にあるブドゥグルの植物園に遠足に行ったこともあった。ある時には、西部バリ・ジュンブラナ県までベモをチャーターして、ジェゴクを鑑賞に行ったこともあった。どれも楽しい思い出ばかりだ。
 人との出合いは、面白いものだ。今もウブドのどこかに、駄べったり情報を交換したりする居心地のいいスペースがあることだろう。あなたも、いい出合いをして、ウブドで楽しい思い出を作ってください。


※情報:当時、日本人ツーリストが溜まったワルンは、今のデワ・ワルンの前身です。センゴール当時の雰囲気と値段を残しているデワ・ワルンは今、節約旅行者ご愛用のワルンとなっている。デワ・ワルンの場所は、アパのイラスト・マップに載っています。


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