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14「ポトン・バビ体験記」





スバリ村のグスティ・ヌラーから「ポトン・バビ(Potong Babi)があるから、見に来い」と誘われたのは、3日前だった。ポトン・バビがあるということは、その日は儀礼があるということだ。訊くと、儀礼は、グスティ・ヌラーの屋敷寺祭礼だった。

ポトン・バビはインドネシア語で、ポトンが“切る”バビは“豚”のことで、合わせて“豚の屠殺”になる。バリ人同士では“ナンパー・チェレン”とバリ語で言っている。
ポトンしたバビは生贄でもあり、供物としての料理と、ラワール料理をメインとしたさまざまなバリ料理に変身して、訪問者にも振る舞われる。と言うことは、「儀礼に参加して、バリ料理を食べに来い」と誘われているわけでもある。
各家庭でまちまちだが、通常ガルンガン祭礼の前日の早朝には、バリ島中の家々でポトン・バビが行われる。あちこちの家から、バビの悲鳴が聞こえる。数100、数1000、数10000、一体何頭のバビがこの日にポトンされるのやら。

「ポトン・バビは早朝だから、泊まり込みで来い」と言われ、ポトン・バビに興味があるのはもちろんだが、スバリ村の早朝散策も魅力で、前日から行くと約束した。時間を決めないのがバリ風だ。
スバリ村は、ウブドの中心(王宮のある十字路)から直線で4キロの地点にあるのだが、道路事情から車で20分ほどかかる。チャンプアン橋の袂から尾根づたいにゆっくり歩いて40分ほどで行くこともできる。夜は、足もとが見えないほど真っ暗闇になるが、ここは早朝の散策には絶好のコースだ。

グスティ・ヌラー家に到着したのは、夜8時をまわっていた。今夜は、薄曇りで星もまばらにしか見えない。
愛バイクを軒先に止めて、家族がテレビを見てくつろいでいるテラスに上がり込む。
「ポトン・バビは深夜3時の予定で、ここではなく、親戚の家でします」グスティ・ヌラーの弟マデに教えられた。
生贄にされるバビは、今日まで弟マデが飼っていもので、自分の家でポトンされるのがどうやらしのびないので、親戚の家ですることになったようだ。弟マデは、結婚していて3才くらいの娘がいるオジサンだが、こんな優しい一面があったのを知った。

10時になると、わたしのためにひとつの部屋が用意された。わたしは3時まで仮眠することにして、テラスをあとにした。
寝過ごして置き去りにされるのは困ると、寝つかれないまま深夜3時になった。窓のそとはまだ暗い。30分が過ぎたが、まだ誰も起きてきた気配はない。
4時をまわって、外で話し声が聞こえてきた。わたしは服を着て部屋を出た。
グスティ・ヌラーの弟ニョマンが「さあ、出掛けましょう」と声を掛け、懐中電灯で足下を照らしながら先導してくれる。ヌラーは長男で、弟マデと弟ニョマン、それに妹クトゥトの4人兄弟だ。

村道に出ると、供物のいっぱい入った大きな籠を抱えた女性たちが歩いていた。ウブドの朝市へ供物を売りに行くのだそうだ。まだ足もとも見えない暗い時間から、女性たちは、こんなふうにして生活をささえている。
ポトン・バビがおこなわれる親戚の家に着く頃には、懐中電灯が必要でないほどの明るさになっていた。スバリ村の地形独特ともいえる、家の長い階段を上って門をくぐる。
台所には、昔ながらのかまどがあり、薪がくべられ赤々と燃え上がっていた。その暖かい炎の灯りにイブ(奥さん)の姿が照らされていた。
弟ニョマンに、ここに座って待っていてください、とテラスに案内された。テラスに腰掛けて、しばらくすると、イブが「どうぞ、めしあがれ」とコーヒーとバリのお菓子をすすめてくれた。
グスティ・ヌラーが今着いて、わたしの隣りに座った。まだ主人が起きていないから、しばらく待つようにと言われた。

わたしはひとりテラスに腰を掛け、バナナの葉に包まれた甘い蒸し菓子をほおばり、バリ・コーヒーに口をつけた。
グスティ・ヌラーが家の主人を連れて来た。わたしがポトン・バビを見たいのでついてきたことを伝えているようだ。主人はねむけまなこに微笑みを浮かべ、どうぞ見学していってくださいと、言った。
家の裏から、人の話し声とブー・ブーと豚の鳴き声が聞こえてきた。いよいよ始まるのだろうか。
なんといっても、ポトン・バビのフルコース見学は生まれて初めての経験だ。恐いもの見たさの不安と好奇心が融合した、ちょっと興奮状態のわたしである。
豚の鳴き声が聞こえる、家の裏に回ってみると、屋根のある1段高くなった土間に、100キロはゆうにある白い大きな豚が両手両足、口を竹ヒモで縛られ横たわっていた。両手両足には、担いで運ぶ時に使ったのだろう、太い竹が通されている。それを、ついさっき起きたばかりという顔をした男4人ががりで押さえつけている。豚は死ぬ間際に、もの凄い力で暴れるらしく、太い竹は、暴れるのを防ぐ意味で、はずされないままにしているようだ。
豚の鳴き声が、ブー・ブーから哀しげの増したブビー・ブビーと変化していく。
死を予感しているのか、豚は、あらん限りの大声で鳴き叫んでいる。わたしは、1メートルほど手前から覗き込むようにしてしゃがみ込んだ。

男のひとりが持つナタが、豚の喉元を通り過ぎた。豚の哀しげなひと声があがった。
「あっ! 切られた」
いともあっさりと切られてしまった。切られる時には、きっと残酷さに耐えきれず眼をそらすだろう思っていたが、そんな暇をあたえないほど、一瞬の出来事だった。 喉元から血が滲んできた。素早く、切り口に半割の先の尖った20センチほどの竹が刺し込まれた。大量の鮮血が、水道の水が流れるように、竹の先からこぼれだしてきた。大きな鍋が下で、血を受けていた。
豚は、最後の力を振り絞って抵抗している。押さえている男たちに、力が入る。「ブビー・ブビー」高い声が何度も何度も響く。動物愛護協会や気の弱い人が見たら、きっと眼を覆ってしまうだろう。わたしも気の弱いひとりなのだろう、眼を閉じることはしなかったが、この光景には耐えられず、立ち上がりその場を離れた。
数分して、血の流れが止まり、鳴き声も無くなった。

死に絶えた豚は、台所付近に運ばれた。男たちは、手際よく竹をはずし、手足を縛っていた竹ヒモをはずした。乾いた椰子の葉を手際よく束ねて、火をつけた。火は、豚の体表にある毛を焼いていく。鼻先から足の先、尻尾まで、まんべんなく丁寧に焼かれる。焼けた体毛は竹刃で削ぎ落とされ、表皮がツルツルになっていく。
このあと豚は、水場に運ばれ、ていねいに洗われた。すっかり白くなった豚は、豚に見えない、豚っぽいという感じの単なる物体だ。
男のひとりが、ナタの先で線でも描くように、白い腹を裂いていく。もう血は、流れだしてこない。心臓に腸、そして、わたしの知らない臓器が、切り開かれた腹から「ドロン」とした感じでこぼれだしてきた。内臓は、大きなバケツに入れられた。
指先で、胃袋を突いてみた。まだ生暖かい。ここまで見続けると、もう、気持ち悪さもわいてこないが、食欲もわかない。
内臓の取り除かれた豚は、再び運ばれ、屋根のある土間の近くのバナナの葉がいっぱいに敷かれた上に置かれた。腹からは、肋骨が見える。

夜も白け、いよいよ、解体作業だ。
ポトンと首が落とされた。脂肪部分が切り取られていく。胴体から股が切り取られる。豚はもう豚ではなく、ただの肉塊だ。こうなると、可愛そうという気はしない。バナナのまわりに座り込んだ数人の男が、それぞれナタを手にし、小さな肉の塊を作っていく。
横では、それと並行してお供えが用意され、小さな儀式が行われた。生血と生肉の一部が、生贄として寺院に捧げられる。
これも経験だと、わたしは肉をさばくのを手伝うことにした。
ナタを借り、股肉の一部を手に持った。ブヨブヨとした生暖かい肉は、意外と重かった。あまりにリアルな表現で、読んでいて吐き気をもよおした人がいたら、ごめんなさい。
すべて初めての経験だ。肉にナタの刃を当てたが、ナタの切れ味が悪いのか、切り方が間違っているのか、まったく切れない。
わたしのそんな様子を見てか、弟マデが「気をつけてくださいよ」と声を掛けてきた。
その声を聞き終わるのを待たずに、わたしのナタは、わたしの左手人差し指の第二関節の肉を少し落としてしまった。手伝うどころか、さっそくこんなことになってしまった。

ポトン・バビは、儀礼の一部でもあり、豚の血と人間の血が混ざることはよくないと聞いている。気づかれては大変だ。一刻も早く、この場を離れなければ。出血が多いと、そのための儀式が必要になるとも聞いている。
解体作業に励む男たちに、「コーヒーをどうぞ」と、女性が運んで来た。それを機にわたしは、その場を立「手を洗ってくる」と、近くで作業をしていた男に伝えて水場に向かった。
水場では、グスティ・ヌラーたち数人が先ほどの内臓を洗っているところだった。腸詰め用の腸が透明ホースのようになっている。手を洗うにも、みんながいては都合が悪い。わたしは、血の滲んでいる人差し指を身体のうしろに隠し、作業を見守る振りをした。早く手を洗って止血したい。川で洗うことにして、家を出た。
東の空から太陽が昇りだした。清々しい朝の風が身体に心地よい。早朝の散策が、ポトン・バビで怪我をして、川を探しているとは情けない話だ。 小川に手を入れると、鮮血が流れた。決して清潔とは思えない水だが、とにかく、流れ落ちる血を洗いたかった。タバコを吸う仕草で、1本のタバコをほぐして傷口につけた。タバコの葉は、消毒と止血になる。

戻ると、男達が増えていた。今回のポトン・バビは、予算の節約で3軒の屋敷寺祭礼のために共同で行われていると教えられた。それで大勢の手伝いがいるのだ。男たちは、椰子の実をふたつとそれぞれ自分のナタを持って参加する。持ち寄った椰子の実の皮が、先の尖った木で裂かれていく。厚い皮が裂かれると殻が出てくる。殻がナタで半分に割られる。殻中から半乾燥の果肉を取り出す。果肉が、大根おろしのような小さな道具でおろされる。これら一連の作業が、すでに分担が決められているのだろう、スムーズに進んでいく。
豚の解体が終わっていた。このあと、料理が作られるのだろう。
グスティ・ヌラーに「眠いから」と断って、屋敷寺の祭礼と食事を辞退して、わたしは帰ることにした。眠かったのは本当だが、実際は、指の怪我を知られたくなかったからだ。
指を切るという、みっともない結末になってしまったが、本人はそれなりに満足したポトン・バビ初体験だった。果たせなかった早朝散策は、次回の楽しみにとっておくことにした。



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