トペン・パジェガンは、たったひとりで踊り、そして語る、仮面舞踊劇のこと。
5つから、多い時は8つもの面を付け替えながら物語りを展開していく。
パジェガンは、ひとりで何役をこなすことを意味する言葉だが、最近は、2人のコンビで演じられることもある。
ルジャン、バリス・グデ、などと同様に、オダラン(寺院祭礼)にはなくてはならない奉納芸能である。
トペン・パジェガンは、神に成り代わって祭礼に祝福を与えるもので、オダランでは始まりに上演される。
これは寺院内の儀礼と同時進行で、内庭(ジェロアン)で演じられる。
境内のすべての人々が、祭壇に向かって座し、一段高くなった建物に座った高僧プダンドが祈りの鈴を振り鳴らす時、トペン・パジェガンは、ガムランの厳粛な音楽の 伴奏で演じられる。
開演前、トペンの演者は奉納芸能が無事に終わるようにと、面に供物を供え、長い祈りを捧げる。
トペン・パジェガンのストーリーは、17世紀から19世紀にかけて記されたババッドと呼ばれるバリの王朝史を題材にしている。
歴史、哲学、道徳的な話から、時にはアドリブで現在の政治についても風刺をまじえて語ることもある。
さらに、公演会場である地元の問題や出来事を盛り込み、村人たちを一気に引き込んでいく。
豊富な知識とユーモアが要求される、たいへん難しい芸能である。
それぞれのキャラクターの面を次々につけ替え、巧みに表現し物語を進めてゆく。
王や身分の高い武将などは顔全体を覆う面をつけ、言葉は発しないで身振りで意志を伝達する。
道化や民衆の仮面は鼻から上だけの口が見える面で話ができるようになっている。
最後に踊られるトペン・シダカルヨ(Sidha Karya)は、儀礼に間違いや失礼はないか、神に伺いをたてる重要な役割を持っている。
そして、儀礼(カルヨ)の終わり(シダ)を意味する。
そんなことから、踊り手には聖職者に近い霊力が要求されると言われている。
バリ人はトペン・パジェガンをトペン・シダカルヨと呼ぶこともある。
今日一般的に上演されるトペン・パジェガンの順序を紹介しよう。
1)トペン・パテ/Patih(大臣の面)
2)トペン・トゥア/Tua(老いた将軍の面)
このふたつはストーリーとは関係がなく、純粋に舞踊として演じられる。
3)トペン・プナサール/Penasar(臣下の面)
ストーリーが展開されるのはここからで、プナサールは道化役で物語の進行役でもある。
2人で演じられる時、プナサールと並んで登場するのが相手役の[プント]である。
ストーリーはトペンの演者が暗記している膨大な古典から一部分が抜粋され、その都度違ったテーマで演じられる。
だから、その内容やセリフは同じ演者でも毎回変わる。
4)トペン・プダンド/Pedanda(高僧の面)
5)トペン・アルソ・ウィジャヨ/Arsa Wijaya(王の面)
トペン・ダラムとも呼ばれる。
6)トペン・ボンドレス/Bondress(民衆の面)
この時、さまざまな民衆の面が何度も付け替えられる。幕から出てくると、まったく違ったキャラクターとなって登場してくるのが見ものだ。
7)トペン・シダカルヨ/Sidha Karya(ウシュヌ神を象徴すると言われている面)
面は、落ち窪んだ眼に、歯の出た醜い顔が特徴だ。
くぐもった声で無気味に笑うその姿に、前列で観ていた子供たちが、恐くて後退りしてしまうほど、奇怪だ。
供物を地面に置きお祈りをしたあと、お米やケペン(中国コイン)を東西南北それぞれの方角に投げて踊りは終わる。
高僧プダンドのお祈りが終わると同時に、トペン・パジェガンも終了する。
パジェガンの役者になるには、高度な技量が必要とされ、現在活躍しているトペン・パジェガンの踊り手も、そのほとんどが40才以上のベテランだ。
そういう意味でも、男性舞踊家が最終目標とする、バリ舞踊の神髄であると言えるだろう。
トペン・パテ |
トペン・トゥア |
トペン・プナサール |
トペン・プダンド |
トペン・アルソ・ウィジャヨ |
トペン・ボンドレス |
トペン・ボンドレス |
トペン・ボンドレス・トゥア |
トペン・シダカルヨ |
写真協力:フォトグラファー・Watabe Kaku
トペンの踊り手・I Ketut Suwetja
※トゥンクラ村に2004年開館した《Setia Darma House of Masks and Puppets》には、インドネシア各地・アフリカ・日本・韓国・スリランカ・ネパール・インドの仮面1100以上が展示されている。一見の価値有り