ガムラン・スロンディン(Gamelan Selonding)

インドネシアには、鉄、竹、木、青銅などの素材で作られたガムランと呼ばれる伝統的音楽形態の楽器が、諸地域に残っている。

ガムランは鍵盤楽器を中心としたアンサンブルで、鍵盤の素材や形態によって名称がそれぞれに違う。
今、バリでは青銅製鍵盤ガムランが主流だが、スロンディンは鉄製の鍵盤ガムランだ。
竹か椰子の木の鍵盤で作られたガムラン・ガンバンとともに、東ジャワのマジパイト王国の末裔がバリに移住し始める16世紀以前からすでにあったと思われる、バリでもっとも古いガムランだ。

スロンディン

バリ東部のチャンディダサ海岸北部の小高い山に点在する、トゥガナン (Tenganan)、ティンブラ(Timbrah)、アサック(Asak)、タトゥリンガ(Tatulingga)、タンカス(Tangkas)、などの村のスロンディンが有名だ。
これらの村々は、ジャワ・ヒンドゥー教が影響しはじめた16世紀前半のバリで、その影響をあまり受けず、伝統的なアダット(習慣)を強く守り、独自の社会が保持され続けている集落で、現在バリ・アガと呼ばれている。
スロンディンは、神から授かった神聖なガムランとして扱われ、奏でられた音そのものが神であると信じられている。
儀礼以外に演奏されることはなく、厳しい管理のもとに村から持ち出されることは決してない。
村の儀礼には欠かすことの出来ない大切な楽器で、奉納される時には、丹念に儀礼を行ってからでないと演奏されない。

わたしが見たスロンディンはトゥンガナン・プグリンシンガン村で、8台の楽器を6人で演奏していた。
演奏者はすべて男性で、カイン(腰布)に上半身裸の姿だった。
これがこの村の正装のようだ。
ウブドで見かける正装とは違うし、ウダンと呼ばれる鉢巻きもしていなかった。
楽器は、何の装飾も施されていない素朴なものだ。
黄金色に光り輝く豪華な彫刻の施された青銅製ガムラン、ゴン・クビャールが光沢のあるシルクとすると、スロンディンは洗いざらしのコットン感覚だ。
角柱を横に寝かしただけの木台の上に、8枚の長方形の黒い鉄板が、長いものから短いものへと順序良く並べられている。
木台は鍵盤が共鳴するように、中が箱形にくり抜かれている。
鍵盤は、穴に細い皮ヒモを通し木枠の両端から吊り橋状に吊られたグンデル形式だ。
ガムランには、ほかに、釘に直接置かれるサロン形式がある。
1番大きなスロンディンは、持ち運びのためか4枚ごとの2台にわかれているが、ひとりで演奏される。
2番目に大きなスロンディンも、これも重いためか2台にわかれていて演奏者はひとりだ。
あとの4台は8枚の鍵盤がひとつの箱の上にのっていて、それぞれひとりが受け持つ。
演奏は、木槌のような大きなバチを両手にひとつずつ持ち、叩く。
演奏技術には、100種あると言われている。
バリのガムラン音階はスレンドロとペログの2種類に大別され、スロンディンは7音階のペログが用いられている。
チェンチェンと呼ばれる小さなシンバルが加わる村もあり、ルジャン、アブアンといった奉納舞踊の伴奏に用いる村もある。
楽曲のレパートリーは多いと聞いているが、数までは知らない。

神への冒涜だとして、これまで録音を禁じられていたスロンディンだが、トゥガナン・プグリンシンガン(Tenganan Pegeringsingan)村が1960年にカセット録音した。
その後、CDが販売されるようになった。
トゥガナン・プグリンシンガンの神から授かったと言われるスロンディンは、演奏されることなく祠に保管され、村人でさえ儀礼時にしか拝むことが許されない。
このオリジナルのスロンディンは、村人以外の人が触れたり見られることを嫌う。
もし、そんなことになれば、神聖なガムランは穢れたとされ、大変な経費をかけて浄化の儀礼を行わなくてはならない。
ガムランが清浄になるまで、10年かそれ以上の年月を必要とされるとさえ言われている。
学術的研究のために録音したり見ることができるのは、オリジナルのコピーだ。
しかし、このコピーも神聖であることに変わりはない。

青銅製ガムランの煌びやかな音色とは違うが、スロンディンは、いにしえの世界に誘われるような鈍重で土俗的な音響は気持ちを和らげてくれる。
本物は儀礼でしか拝聴出来ないが、CDでも充分満足できると思う。
王宮社会の名残があるゴン・クビヤールの華やかなバリとは違う、洗いざらしの庶民のバリをスロンディンは感じさせてくれることだろう。

 

スロンディン