「極楽通信・UBUD」



石窟遺跡・グヌンカウィ





現在のペジェン村地域には、10世紀から14世紀に栄えたといわれるバリの王国・ワルマデワ王朝時代の遺跡が多く残っている。
疑問なのは、王宮の形跡がまったく残っていないこと。
ジャワのマジャパイト王朝がバリに侵攻した際に、打ち壊されてしまったのだろうか。
謎の残る事実だ。

数多く残る遺跡の一つ「グヌン・カウィ(Gunung Kawi)」を数年ぶりに訪れてみよう。
グヌンは山で、カウィは古ジャワ語&詩語。
グヌン・カウィは「古代詩の山」を意味している。
岩肌に彫られた仏殿(チャンディ・トゥビン=Candi tebing)の名称である。
チャンディ(Candi) は古い石造の仏殿、トゥビン(tebing)は川端、断崖のこと。
チャンディ・トゥビンは、バリ島のいたるところに残っている。
グヌン・カウィは、11世紀に造られた、バリ島最大のチャンディ・トゥビン。
ワルマデワ王朝第6代アナック・ウンス王が亡くなった王や妻たちが死から解放され、再び偉人として復活することを願った記念碑とされている。
パクリサン川渓谷を挟んだ両岸に残る、心地よい空間にある。

ウブドの渋滞を抜けて、バイクで30分ほどの地点。
ゴアガジャ遺跡を通り越し、タンパクシリン村に向けて北上して右手にある。


グヌン・カウィ


それではグヌン・カウィを見学しよう。
遺跡までは、渓谷の急な階段を降りていく。
その道すがらの景色は、田んぼが広がるナイスビュー。


グヌン・カウィ


階段は途中から、岩を掘った道になる。
岩壁の狭い道を進むと、岩をくり抜いた狭い門が見える。
入ることを拒む、結界を念わせる。


グヌン・カウィ


その昔、この門をくぐった向こう側は異界だったのだろう。
人びとは、平穏を求めてこの地を訪れる。
今、門をくぐると眼の前に案内板が立ち、観光客の便を図っている。
掲示板には、この地に建つヒンドゥー・バリ寺院の名がいくつか表示されていた。


グヌン・カウィ


左下に、CHANDI PRASADHA UKIRの表示。
ここではCandi tebingをCHANDI PRASADHA UKIRと呼んでいるのだろう。
辞書を調べると、巨大な建造物(PRASADHA)&彫刻(UKIR)のこと。
巨大な仏殿石彫とでも訳せばいいのか。
右下に表示されるグヌン・カウィ寺院。
スバトゥ村に同名の古い寺院があるが、関係はわからない。
未調査で、創立年もわかっていない。


グヌン・カウィ


渓谷の川沿いに残る「Candi tebing Gunung Kawi」。
高さ7メートル・奥行き2メートルのチャンディが、岩肌に5基彫られている。
大きさに圧倒される。
岩をくりぬく方法は、インドのアジャンタやエローラ遺跡と同じで、インドの影響を受けたことを物語る。
かつて栄えた、ワルマデワ王朝の壮大さがしのばれる石窟遺跡だ。
向かって左側に、王妃のチャンディ。
あとの4基は、妃のチャンディ。
橋を渡った対岸にも、川を挟んで対称となって5基のチャンディが残っている。
こちらは、王家のチャンディ。
向かって左側の大ききチャンディは、アナック・ウンス王の父、ワルマデワ王朝第4代ダルマウダヤナ王を祀ったもの。


グヌン・カウィ


谷底にはバトゥール湖を水源とするプクリサン川が清らかな水をたたえている。
2012年に世界遺産に選ばれた「プクリサン川流域のスバック(水利システム)の景観」は、田んぼと遺跡の残るこのエリアのこと。

グヌン・カウィ寺院を抜け、川沿い進むと、瞑想のためのほら穴がいくつもある。
これはチャンディ建造後、仏教僧によって造られた。
ここで瞑想をしていく、観光客もいるようだ。


グヌン・カウィ


のんびり散策していると、いにしえにタイムスリップしたような気分になる。
そして、心地が良い。
階段の上り下りはキツイが、一見の価値有りで、お薦めしたい。

■入場時間:8.30am〜5.00pm
■料金:Rp15,000-(腰紐、腰布代含む。短パン、ミニスカートは腰布を巻く)
■駐車場料金:車Rp5.000- バイクRp2,000-


※参照文献:「地球の歩き方・バリ島'17 '18」



(更新:2017/8/24)



※付録動画

階段を登り切った田んぼビューの中に、近日オープンのレストラン「グヌンカウィ」


古代遺跡ゴア・ガジャGoa Gajah(Goa Gajah)




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