「極楽通信・UBUD」



27「ウブド洗濯事情」





今でもバリは、川で洗濯する人々がいる。
桃太郎の話ではないが、お爺さんは山に芝刈りにお婆さんは川へ洗濯に、という光景が今でも現実にあるのだ。
10年以上も前のこと。ウブドの某中級ホテルに泊まっていた友人が、ホテルでランドリー・サービスをお願いしたら、なんと真っ白なブラウスが見事に黄ばんで返ってきた、と嘆いていたことがある。
友人は次の日に、川で洗濯をしているホテル・スタッフの姿を目撃した。洗濯物はコンクリートの床に広げられ、タワシでゴシゴシとしごかれている。これなら色も変わるはずだ、と納得したそうだ。
バリの川は透明度が低い。上流はまだしも、水はウブドに流れ着くまでに田んぼの水をたっぷり含んで土色に濁っている。黄ばんだシャツを着ているバリ人が多いのは、川で洗濯をしているからだろう。
洗い終えた洗濯物が、生け垣にや芝生の上に広げられて干されているのにも驚かされたも、と言っていた。虫が大の苦手な友人は、服に虫が入ることも考えられるでしょう、と不安がっていた。バリ人は洗濯物を畳むとき、まず、はたいてからしているようだ。やはり虫が入っていることがあるのだろう。ダドンには、普段でも、着るときには1度はたいて着るように注意される。一度、Tシャツに大量のアリが入っていたことがあり、ダドンの忠告を聞いていて助かった。
バリ人は、洗濯物を不浄な物と考えて、下をくぐることを嫌う。そんなことからか、物干し竿やロープなどのように、下をくぐれる干し方を作らないようだ。ロスメンなどに泊まっていて、煩わしいバリ人の訪問をシャットアウトするなら、テラスいっぱいにロープを張って洗濯物を干しておけばよい。(半分冗談)
仕上げはアイロン。下着まで丁寧にアイロンをかけるバリ人。湿気の多いバリでは、アイロンは乾燥させる役目もあるようだ。


これはわたしの体験だ。
ある日、ホーム・ステイのイブ(お母さん)にアイロンを頼んだ。イブはさっそくテラスに旧式の鉄製アイロンを持ち出して、わたしのスラックスにアイロンをかけ始めた。わたしのスラックスは、炭火の入った鉄製のアイロンで押しつぶされている。日本で骨董品として売られているようなアイロンが、バリではいまだに使われている。霧吹きもせず布も当てずに直接アイロンをかけられている黒いスラックスは、見る見るうちに艶がでてくる。スラックスは、テカテカの光沢を伴って返ってきた。あまり嬉しくない仕上がりだった。
ウブドでホーム・ステイを始めた頃、これといってすることのない毎日を送っていたわたしには、洗濯は楽しみのひとつでもあった。電気も満足に普及していなかった時代のこと、ホーム・ステイに洗濯機はなかった。たとえあったとしても、頻繁に停電するその頃のウブドでは宝の持ち腐れだったろう。
洗濯物は、毎日、朝一番に洗うことにしていた。洗濯板がないので手もみ洗いだ。Tシャツなどは手洗いでよいのだが、ジョーパンはそうもいかない。厚手の衣服は、バリ式にタイルの床に置いてブラシでゴシゴシとしごく。衣類が早く傷みそうそうだが、この洗い方の方が楽だ。
小1時間かけて洗濯を終え、マンディ(水浴び)を済ますと、10時近くになっている。このあと朝食だ。

こんな毎日を送っていて考えついたのが、コイン・ランドリーだった。わたしがウブドに長期滞在するために、生活の糧を考えていた頃のことだ。当時のウブドの生活環境の中から思いついたアイデアだ。
ウブドには毎日のように、世界中からツーリストが訪れる。そのほとんどがバックパッカーだ。バックパッカーは、目的地を転々と移動する旅人たちだ。彼らは、ウブドでは比較的滞在日数が長い。滞在日数があれば、洗濯をするはずだ。バックパッカーたちは、移動中に汚れ汚れた服をウブドでまとめて洗うはずだ。
コイン・ランドリーの横には、ホット・シャワーかバス・タブのある銭湯を併設する。これは、わたしが海外を放浪旅行した時に、大きなターミナルには必ず有料シャワーがあったのを思い出して参考にした。水シャワーしかないロスメンに泊まっている節約ツーリストにも、たまには熱いお湯に浸かりたいという欲望があるだろう。
自分で洗濯するのも面倒だというツーリストには、代行してもらうこともできるし、アイロンのサービスもある。銭湯に入っている間に、洗濯物にはアイロンをかけられてもどってくるというわけだ。
こんな銭湯を渓谷沿いの林の中に作ってはどうだろう。これがホントのジャングル風呂だ。なんて考えていた。
ツーリストはおじゃま虫。だから、訪れた土地の環境には気をつかわなくてはいけない、とわたしは常々思っている。そこで気になる洗剤を調べてみた。インドネシアで販売されている洗剤には、どの商品にも含まれている素材が表示されていない。何が含まれているかわからない洗剤を、環境に気をつけているわたしが使うわけにはいかない。 素晴らしいアイデアだが、汚水処理も充分にできないウブドで、コイン・ランドリーの開店は環境破壊だとあきらめた。

こうして試行錯誤の上、生活の糧として落ち着いたのが食堂経営だ。食堂なら飯の食いはぐれはないだろう。そんな安直な考えで食堂を始めた。
食堂を始めて、しばらくして、2槽タイプの洗濯機を購入した。2槽タイプとは、脱水槽がついているやつだ。脱水ができるのは大助かりだ。手で絞るのは疲れるし、脱水機で脱水した洗濯物は、晴天の日だと2時間もしないうちにフカフカに乾いてくれる。
ウブドで洗濯機を使う上で注意しなくてはいけないことがある。そのひとつは、いつのまにか停電しているということだ。また、水道局の水道は時間制限があるし、井戸水を1度ポンプでタンクに貯めて使っている水道は途中で無くなってしまうこともある。つい数年前まで、村はずれにある公共の飲料水用給水タンクまで行って、バケツで運んでいた村のことだから、これでも便利になったほうだ。洗濯機から目を離せないが、それでも手洗いよりは数倍も楽だ。全自動洗濯機は、まだ時期尚早だろう。


給水タンク
■給水タンク


こんな状況の中で、1991年頃からか家庭用の洗濯機と乾燥機を揃えたクリーニング店がオープンし始めた。ツーリストを顧客に、それと宿泊施設からの需要を見込んでだろう、今(2010年)では小さな村の割にクリーニング店の数が多い。
ウブドも先進したもので2005年には、ドライ・クリーニング店も開店した。高級ホテルに宿泊のツーリストには、何を今さらドライ・クリーニングだと思うでしょうが、そのドライ・クリーニングがこれまでウブドになかったのです。ウールのスラックスをクリーニングに出して見事に縮んでしまったり、シルクのブラウスが黄ばんで返ってきたりと、これまでは無惨な結果でした。
ディナーはドレス・アップして出かけたいと考えてツーリストも、これまでのクリーニング事情では大事な衣裳は持ってこれなかっただろう。しかし、これからは、お洒落をしてウブドのナイト・ライフを楽しむことができるだろう。




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