「極楽通信・UBUD」



26「アイスクリームが食べたい」





その昔、ウブドで美味しいアイスクリームを食べるのは、夢のような話だった。
昔と言っても、1990年のことだ。
日本からの友人に、お土産としてアイスクリームを持って来てもらうわけにはいかないし。

しかし、この頃ウブドにも、アイスクリームもどきはあった。
インドネシアに古くからある、ローカルのアイスクリーム行商さんだ。
どこから来ているのか知らないが、中国製の黒い自転車の荷台に、円筒型のクーラー・ボックスの入った木枠の箱を取り付け、脇にはコーンの入ったビニール袋をぶら下げて、日本の豆腐屋さんような笛を鳴らしてやって来る。
熱帯の熱い陽射しの中を自転車で、のんびり走って売っているわけだが、よく溶けないものだと、人ごとながら心配になったものだ。
よくよく訊くと、円筒型クーラー・ボックスの中は、中央にアイス・クリームの入った円筒形の器があり、そのまわりに塩水と氷が入っていて、そのまわりの塩水と氷をかき回すことによってクリームを凍らせるようになっているらしい。
これなら客に呼び止められてから作ればいいわけだ。
このかき回す仕草から、このアイスクリーム屋さんのことをエス・プタール(Es Putar)と呼ぶ。
プタールは回すと言う意味。
塩っぽい味がするのは、かき回す時に塩が飛び込んでくるからか。
バリではコーン状の包んだ形からエス・コジョン(Es Kojong)と呼ぶらしい。
エス・コジョンは、体調のすぐれない人、または体力に自信のない方にはあまりお薦めできません。
でも、もし、サッカリンの味を是非味わってみたいと思っている人がいたら、ちょどよい機会かもしれません。
しかし、サッカリンの味を味わいたいなんて人は、まず、いないでしょうが。
味の方は、人それぞれ好き嫌いがあるのでなんとも言えない。
シャーベット状の白やピンクのアイスクリームに、コーンは紙を噛んでるような味だ。
これはアイスクリームとは言えない。
ちなみに私は食べられませんでした。
田舎の村や、たまにウブドの町角で、子供たちがエス・コジョンを買っているのを見かけることがあるが、これも、もう過去の風物詩になりつつある。

半世紀近く前の話だが、私が子供の頃の日本にも自転車に乗って行商していたアイス・キャンディー屋さんがいた。
これは美味しかったという記憶がある。
むむむ、ひょっとすると、子供の頃食べたアイス・キャンディーも、今食べると美味しくないのかもしれないな。


アイスクリーム


当時ウブドのレストランは、Murni、Roof Garden(閉店)、Lotus、Han Snel(閉店)、Puris Bar(長い間閉店していたが、3年ほど前に再開)、Nomad(いっとき店名がちゃんぷると変わったが、1年ほど前に復活)、Bendi(移転)の7件くらいで、あとは、5件ほどのローカルの食堂(ワルン)があったくらいだ。
これ以外で食事ができるのはセンゴール(夜の屋台)だけだった。
レストランの中に、アイスクリームを置いている店があった。
ワルンに行くと「冷えたビールですか」と聞かれてしまう時代のこと。
ビールは冷えているのが普通と考えているわれわれには、戸惑ってしまう質問だ。
冷蔵庫の普及していなかった頃、なまぬるいビールが飲めない人は、グラスに氷を入れてもらう。
なまぬるいビールも飲めたものではないが、不純物の混じった氷で薄まったビンタン・ビールも美味しくない。
さすがにレストランではビールは冷えているが、アイスクリームはメニューにあったとしてもシャーベット状になっている。
どうしてシャーベット状なのかと疑問に思うでしょう。
これは当時、停電が多かったからです。
それも半日だったり、毎日のように停電していました。
停電は、今でも時々ありますが停電時間が短くなった。
ビールも、ギンギンに冷えたものはなかった。
こんな頃に美味しいアイスクリームを口にするのは至難の業で、ここなら大丈夫だろうと目星をつけたレストランでアイスクリームを注文し、出てくるまでワクワクとしたことが懐かしく思い出される。
シャーベット状でなかった時の至福感は、今では味わえない。

1995年、ウブドのアイスクリーム商戦が激しくなった。
カャンピーナ(Cammpina)オゥールス(Wall's)、ペターズ(Peters)といった、おそらく外資系だろうと思われるアイス・クリーム・メーカー3社が進出した。
これら3社がら、こぞって路上販売に出た。
オシャレな近代的手押しワゴンで、これまで大きな町でしか買うことができなかった本物の美味しいアイス・クリームが、バリ島のどこにでも「ランララ、ランラ、ランラララ」「タータラ、タータラ」などと陽気なBGMを鳴らしてやってくる。
BGMが可愛く遠くから聞こえてくると思わず口ずさんでしまい、アイスクリームが欲しくなってしまう。
この手押しワゴンがオダラン(寺院祭礼)の屋台街にも出現し、時代の様変わりを感じたものだ。今ではコカコーラもオダランに出店している。
その後、3社のアイスクリーム冷凍庫が雑貨店に置かれるようになり、ワゴン販売は下火になっていった。


アイスクリーム アイスクリーム


近年、ツーリストが増加すると共に、レストランの出店が相次ぎ、美味しいアイスクリームをメニューに出す店も増えてきた。
バリ南部にすでにあるハーゲンダッツ、ロビンソン(バリではサーティワンと言わないそうだ)といった有名店ではないが、2004年10月には「タナ・メラ(Tanah Merah )」というアイスクリーム専門店がモンキーフォレスト通りに開店した。
ハーゲンダッツの冷蔵庫が、レストラン・スリー・モンキーに置かれたのも、同じ時期だ。
日中の照り返しの強いモンキーフォレスト通りで食べるアイスクリームは、一服の清涼剤だ。
贅沢を言うなら、あとはソフトクリームが食べたい。
バリでは、ソフトクリームはマクドナルドとケンタッキーしか置いていない。
ウブドにファーストフードの店はなく、食べたい時はデンパサールかクタ方面、空港のマクドナルドに出掛けるしかないのだ。
ウブドは、マクドナルドが市場調査した結果出店をあきらめ地域。
ミニ・マーケット・ティノにあったダンキン・ドーナツのコーナーは数年前撤退したし、スーパー・マーケット・ホレホレが出来る以前にあったカリフォルニア・フライド・チキンもいつのまにか無くなっていた。
ウブドは、ファーストフードの定着が難しい土地柄なのか。
ソフトクリームは、南部に行った時に食べるとして、取り合えずは、ウブドで美味しいアイスクリームがいつでも食べれるようになったのは、嬉しい限りだ。




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