バリ関係の書籍の中に、ププタン(Puputan)という言葉がでてくる。
語源は、バリ語丁寧語“puput”で“終わる”の意味。
バリ語の辞典には「血の最後の一滴まで、敵に対して抵抗すること」とある。
バリ王国時代、王(ラジャ=Raja)やその一族、家臣などは玉砕をいとわずに戦った。
気高い王家の逃れられない伝統的な風習でもあったと伝えられる。
王家にとって栄光のうちに終末を迎え、自国の名誉を守りたい。
王の従者は、ラジャへの深い畏敬と隷属の念から敵と戦った、と言われている。
1849年、ブレレン王国の主将、グスティ・クトゥット・ジェランティックは、オランダ軍とのジャガラガの戦いにおいてププタンを行った。
この戦勝でオランダは、ブレレン王国を支配下に置いた。
また、バドゥン(Bandung)王国のププタンが歴史上、もっとも知られているものだ。
1906年9月20日。
オランダ軍の軍艦がサヌール海岸を埋め尽くしている。
すでにクシマンの王宮は全滅した。
小銃、大砲、騎馬隊を擁したオランダ軍の圧倒的な武力に対して、もはや勝算はない。
後世人に嗤われるような見苦し最期は遂げまいと願い、全滅が幸福と考えた。
ラジャは覚悟を決めた。
民族の滅亡を望んだのだ。
王家ゆかりの寺院でお祈りをすませ、王宮(プリ)にひきかえすと火を放った。
ラジャ(領主)の声は絶対的な力を持っていた。
戦に加われない老人や病人はクリス(短剣)で自害し、果てた。
白い正装に身をかためた一団が、コリ・アグン(プリの門)から出て来た。
先頭には、黄金の傘を左右から差しかけられた御輿に、ラジャが腰を据えている。
ラジャの乗った御輿が、ガムラン演奏に合わせ静かに前進した。
クリスを携えた家臣たちが続いた。
槍や弓矢を持った兵士も続いた。
最後に美しい衣装と装飾品をまとった婦女子が続いた。
ラジャの御輿を先頭にした行列の行進が続く。
王宮を包囲しているオランダ軍から「制止しろ」との命令が飛ぶ。
しかし、行進は命令を無視し、さらに威厳を持って進んでいく。
恐怖に駆られたオランダ兵の独りが発砲した。
それが合図かのように銃声が続いた。
バリ人の魂であるクリスを振りかざして立ち向かう。
行列の人々が続けざまに倒れた。
それでも行進は止まらない。
討ち死にだ。
ラジャの遺体の上に家臣たちの遺体が重なる。
家臣たちの上には婦女子たちが倒れ、その上には子供たちが倒れかかる。
僧侶たちは、撃たれても死にきれない者を見つけ、クリスで留めを刺す。
僧侶が撃たれると、別の者が僧侶の代わりとなった。
撃っても撃っても、屍を踏み越えて行列は進んでいく。
この光景を「ププタン=死の行進」と呼ぶ。
殺戮が終わった時、王宮前の広場には、死体が累々と横たわり、金銀宝石が散らばっていたという。
推定で死者3600人以上とされる。
オランダ側死者は1人。
デンパサールにあるププタン広場は、この惨劇の現場である。
今、記念碑が建っている。
1908年、8つの王国で最後までオランダと戦ったクルンクン王国も、バドゥンと同様にププタンで滅びた。
クルンクンにも、県庁所在地スマラプラの十字路にププタン記念碑がある。
記念碑は、時代に沿ってジオラマが展示され興味深い。
向かいにあるクルタ・ゴサ(王宮跡)と一緒に観光するとよい。
ププタン記念碑
こうしてバリ島の8つの王国は、オランダの支配下に入った。
王制は消滅し、8つの王国のラジャは、オランダの間接統治下で現地人首長となった。
これまでに書いてきたように、ププタンは1906年のバドゥンと1908年のクルンクンの両王家がオランダ軍との戦ったワン・シーンである。
なかには、ププタンをせずに降伏した王国もある。
だから、ププタンの行動をバリ人の性格と簡単にまとめてしまうわけにはいかないだろう。
王家の戦いではないが、オランダ軍に最後の抵抗をしたインドネシア独立軍の壮絶な戦いも、ププタンと言われている。
ププタン・マルガラナ(puputan margarana)である。
1946年11月20日、インドネシア独立軍とオランダ軍との間で戦闘があった。
グスティ・ングラ・ライ将軍率いる94人の部隊は、全員死ぬまで戦い続けた。
場所は、タバナン県にあるマルガ地域。
現在は、英雄墓地となっている。
独立記念日には祝典が催され、今でも、あちこちの小学校や中学校から生徒たちが花を持って追悼にやってくる。
(2009/7/25)
※推薦本
■「バリ島物語」著者:ヴィキイ・バウム/(訳)金窪勝郎
バドゥン王国のププタンを主題にした小説で、当時の風習や王族のあり方、普通の人々の暮らしぶりが手に取るように伝わってくる名著だ。
■「バリ島物語」をコラム化:作画=さそうあきら
※参考資料:Google「バリ風滅び方」
※参考文献
■「演出された楽園」エイドリアン・ヴィッカーズ、(訳)中谷文美 /バリ関係・推薦本
1930年代のバリを中心に、オランダのインド遠征隊によって発見された1597年から1997年までのバリの歴史を詳しく描かれている。
■「バリ宗教と人類学」吉田竹也=著 />バリ関係・推薦本
本書はバリの宗教について、特にヒンドゥーの団体・パリサド(parisada)を詳しく著された論文です。
■「バリ島・リゾート/2009〜2010」地球の歩き方