「極楽通信・UBUD」



45「マリカの永い夜」





マリカの永い夜(筆者愛蔵書)


バリとの、ウブドとの出会いは人それぞれだろうと思う。友達に連れられて来て、友達よりハマってしまったり、テレビでたまたま見かけたバリ舞踊に心奪われてしまったり。旅の途中で寄ったまま居着いてしまったり。私の場合は本だった。


吉本ばなな「マリカの永い夜/バリ夢日記」単行本(幻冬舎、1994)。【注:その後「マリカのソファー/バリ夢日記」文庫本(幻冬舎、1997)として発売(写真)】
当時中学生だった私にとって、吉本ばななは「作家買い」する小説家の一人だった。そのときも、「あ、新しいの出てる、買おう」くらいの気持ちだった。
写真や挿絵の豊富な本で、前半はバリを舞台にした小説、後半は作者のバリ滞在記になっている。小説を読み終えて、とりあえずマリカに救いがあってよかったなあ、と思いつつページを繰って、私の目が止まったのは、中程の写真だった。見開きいっぱいに、オレンジの背景、レースのような一面の模様。
ワヤン・クリッの写真だった。圧倒された。影絵の概念を覆された。たいまつの炎と相まって、影絵以上の意味と力を持っていることが一目瞭然だった。
後から言葉にすれば、こういうことになる。でもその時私は、ただ「うわあ」と思ったと思う。うわあ、と思って、ため息が出て、なぜか腕に鳥肌が立った。
そして、「ああ、バリに行かなくちゃ」と思ったのだ。
そのあとから始まるウブド滞在の部分は、ため息の連続だった。風景や人々とのふれ合いを越えて、夢でバリの宇宙に触れていく作者。もちろん起きている間のバリ、ウブドでの体験や、読み取った空気みたいなものがあってこそだろうけど、「見た、というよりは見せられた、といった感じだった」と書いている通り、バリの、目には見えないけれど確実にある力や宇宙や存在が「見せた」のだろう。そういうものを行間や写真や絵からほのかに感じて、また「ああ」と思った。「ああ、やっぱりバリに、しかもウブドに行かなくちゃ」。
池一面のロータス、その奥の変わった形の門、ジャムゥ、一面の田んぼ、レゴン、停電とイルミネーションのように道の向こうから復帰してくる電気と拍手、ケチャ、そしてアマンダリ!
滞在記を読み終えてから小説を読み返したら、なんだか色々深く理解できて、増々「ウブドに行かなくちゃ」と思った。


私はこうやってウブドと出会った。それからは本屋で「バリ」の文字を見つけるととりあえず手に取るようになった。椎名誠「あやしい探検隊/バリ島横恋慕」(椎名誠も「作家買い」の一人。あやしい探検隊シリーズとなれば尚更)、池澤夏樹「花を運ぶ妹」、さくらももこ「ももこの世界あっちこっちめぐり」。
椎名誠はバリの不思議な奥深さに触れて、それをとてもすべては書ききれない、と分かっていながらも書かずにいられない、体験した事を、見た事聴いた事を、とにかく自分の言葉でどんどん書くのだ、という感じ。池澤夏樹はバリを舞台装置としてとらえて、けれどやはりバリに渦のように巻き込まれていく人々を描いている。扱っている題材はヘビーだが、貫かれている視点は「愛」だ。人への愛、バリへの愛、旅への愛。さくらももこはたまたま見かけた絵に心奪われて、その女性画家に会いにウブドまでやってくる。


バリ島横恋慕 花を運ぶ妹 ももこの世界


私のバリ、ウブドへの興味は増すばかり。


吉本ばななでウブドに出会ったものの、実際に当地を訪れる事ができたのは、それから5年も経ってからだった。致し方ない。初読当時は中学生だったのだ。
初めてのウブドは、すべてが想像以上だった。それから更に5年、とうとう私はウブドに住み始める。約5年暮らして、自分のものの考え方や捉え方が随分変わったな、と思う。そして、来年にはウブドを離れる事にした。色んなタイミングや流れがそうなって、決めた。住まなくなってもウブドとずっと関わり続けていくだろうし、「帰る場所」を思う時、そこにはいつもウブドのイメージがある。


和食レストラン「影武者」に遅くまでだらだらと居座って、なんやかやとお喋りをして帰宅したある日の夜、寝る前にチェックしようと立ち上げたツイッターに、私は信じられないような文字の羅列を発見する。「ウブドなう!ナシゴレンうましうまし」。発言元はよしもとばなな公式アカウント。本人のつぶやき。
ぞくっとした。この狭いウブドに、あたしとウブドを出会わせてくれた張本人がいる。中学の頃からずっと読み続けている作家が、もしかしたらすれ違うような距離に!


そして、実際にお会いしてしまったのだ。オーガニックパサールをお勧めしたら、当日の朝「今から行こうとおもう。あえるといいな!」の一言。とるものもとりあえず、でもしっかり「マリカの永い夜」を胸に抱いて、ふわふわする膝で、妙に輪郭がはっきりして見える風景の中を出発。


「あの、よしもとさんですか」「はい、そうです、あのツイッターの…?」「そうです〜〜〜!!!」あとは声にならなくて、差し出してくれた両手に手を重ねながら、私は泣き出してしまった。
表紙も帯も色あせた「マリカ」にサインを頂いて、「『マリカ』のお陰でウブドに出会えたから、今の私があるんです。本当にありがとうございました」と直接お礼も言えた。これ以上の邂逅があるだろうか。ウブドと出会わせてくれた人と、ウブドから離れる直前に会えるなんて。ああ、これで本当にウブドから離れるんだ、と思った。円がひとつくるりと完結した感じ。
よしもとさんは、とても気さくないい人だった。色々おしゃべりして、小雨の中ハグしあって、これからも楽しみにしてます、と手を振って別れた。何度も何度も振り返って手を振って、「またね!」と言ってくださった。


筆者サイン


今回の滞在は取材旅行だと言っていた。しばらくしたら、マリカにアリーズワルンやカフェ・ロータスが出て来たように、サリ・オーガニックやママズ・ワルンが出て来る小説か旅日記が出版されるのかもしれない。
それがまた、誰かとウブドを出会わせるのかもしれない。


筆者:本君田綾子(2010/8/1)

筆者は今、スラバヤに滞在しています。
鮫鰐日記
彼女のスラバヤ滞在記「鮫鰐通信」は、面白いよ。




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