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バリ島滞在記「ウブドに沈没」


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■8月・16) ひったくりに村の制裁


8月17日は、インドネシア共和国独立記念日。
今日は朝から、鬱陶しいほどどんよりした曇り空だ。
学生は学校を、社会人は仕事をさぼってしまいたい。誰でも一度は、そんなことを考える日があるだろう。わたしにとって今日が、そんな日だ。
モンキーフォレスト通りにある広場では、独立記念の式典が行われているはずだ。
オイルを塗って滑りやすくした棒(長さ10メートルほど)を垂直に立て、天辺に吊るしてある賞品を村人が競って取るというゲームで盛り上がっている頃かもしれない。昨日、準備しているところを見かけた。賞品には、鎌やスコップもあると聞く。それって危険じゃないか。
興味は引かれるが、今日のわたしは、好奇心が沈殿している。

どこも出かけたくない日でも、食事だけは外に出なくてはならない。
今夜も、いつもの時間に、いつものように屋台街で夕食。もちろんミユキの屋台だ。
出かけてみると、あいにく今夜はミユキも常連客のひとりもいなかった。たまに、こんな台風の眼のような日もある。それとも、みんなにとっても今日は出かけたくない日なのかもしれない。ひとりでナシゴレンを食べるのも、久しぶりだ。

夜9時。今夜は、いつもより早い帰宅だ。
ミユキに借りたハードカバーの本を手に、ベッドで横になった。
有為エィンジェル著「姫子・イン・バリ」は、ウブドを舞台にした小説だ。ウブドの男たちの描写が的を得ていて、ページをめくるたびに「そうそう」と思わずうなずいてしまう。バリ人の習慣や気質なども書いてある。続きを読むのが愉しみだ。
先日読み終えた、本岡類の「ウブドの花嫁」はミステリーだった。聖獣バロンをかたどったペンダントにまつわる四つの物語。
影響され易いわたしは、金のペンダントを銀細工の村チュルクで買い求めた。聖獣バロンだと思って買ったペンダントは、なんとランダだったようだ。ランダは、バリ人に恐れられている悪霊。しばらく身に着けていたが、いつのまにか紛失してしまっていた。
山田詠美「カンヴァスの柩」の一章に、著者が実際にウブドに滞在して書いたと思われる物語がある。きっとここだろうと思われる場所や、人物が出て来て興味深く読んだ。
旅立つ前に兄・章司が渡してくれた、青島幸雄の「人間万事塞翁が丙午」は今頃、長期滞在の友人の間を渡り歩いていることだろう。

テラスで、誰かが呼んでいる声がする。
「姫子・イン・バリ」にしおりを挟み、わたしはベッドに半身を起こした。
カルタが扉から顔を覗かせた。
わたしが本を枕元に置くと同時に、カルタが部屋に入ってきた。
扉が開いていれば入っても構わないルールがあるかのように、わたしが知り合ったバリ人は、人の部屋に勝手に入って来る。入られるのが困る時は、扉をしっかりと閉めておけば入ってこないと教えてくれたのは、カルタだった。
わたしがカルタの家を訪ねることもある。そんな時、ロジャーの犬がついて来る。ロジャーの犬は、わたしがカルタの家に入るのを見届けると帰っていく。わたしが帰る時は、カルタの犬・ドナルドが送ってくれる。
スウェタ通りには、野放しの犬が多い。ドナルドは、この界隈のボスのようで、他の犬は服従の姿勢で寝転がる。ここでは、犬の世界が存在している。そして、人間と共存している。
こうしてわたしは、犬に吠えられることもなくロジャース・ホームステイとカルタの家を行き来している。ロジャーの犬にも名前がついていたようだったが、覚えていない。
ウブドのバリ人に、動物をペットとして飼う習慣はないようだ。だが、徘徊している犬には持ち主がいる。つまり、放し飼いだ。餌も決まって与えているようには思えないので、彼らは自活しているのだろう。市場のみすぼらしい犬たちにも、持ち主はいるはず。
バリ犬のルーツは、小さく逞しい身体が特徴のカチャン(豆)犬だと言われている。バリ島で人間の営みが始まると同じ頃から、カチャン犬は人間と共存していたようだ。
ミユキの知人が州都デンパサールに住んでいるというので、訪ねていったことがある。日本からアニメーションのフィルム製作の下請けをしている事務所だった。
あいにく知人は、在宅していなかった。スタッフは「警察署に行った」と言う。今朝早く警察官が来て、飼い犬が連れて行かれた。知人は愛犬を取り戻しに警察署へ行ったのだ。
しばらく待っていると知人が帰って来た。彼女の瞼は、泣きつかれたように腫れぼったい。愛犬を没収されて落胆しているのが、彼女の表情から伺われる。愛犬は処分されるのだ。
「いくらお金を払うからと言っても受け付けてくれなかったの」。涙を浮かべて言う。
その頃のバリは、他の国から動植物をインポートすることを禁じていた。生態系が壊れるという理由からだ。 彼女の愛犬は、日本から連れてきたものだった。
キンタマーニ犬と呼ばれる、バリ島中央部バトゥール周辺に生息する毛足の長い犬は、12世紀から16世紀にかけてバトゥール地域にやってきた中国人が持ち込んだチャウチャウ犬とカチャン犬の混血したのが起源だと言われている。
警察の取り締まりが追いつかないのか、お目こぼしかわからないが、カチャン(豆)犬やキンタマーニ犬以外の犬を見かけることがある。今後、ペットとして海外種の犬が増えることも考えられる。
話が大きく反れてしまったが、思い出したら書き残しておかないとね。

もう一つ、思い出したことを記しておこう。
最近になって、カルタの弟カポが頻繁に訪ねてくるようになった。
大食いとあだ名される“カポ”と呼ばれるのが納得できる小太りの体型と甘えん坊の顔をした、人見知りしない性格の青年だ。
カポは、日本人旅行者を専門としている大きな旅行会社に就職を希望しており日本語を勉強中で、わからないことがあると立ち寄る。
ウブドに滞在し始めて、最初にテニスに付き合ってくれたのはカポだった。日本から来ていた友人と行ったテニスコートは、チャンプアン・ホテルにあった。ウブドでは、このホテルしかコートを持っていない。
コートは一面だけで、ほとんど使われることがないのか、洗濯物の乾し場になっていた。洗濯物を片付けてもらい、水たまりの残ったコートでゲームをした。
素人ばかりのテニスは、ボールがネットを大きく離れてコートの外へ出ていってしまう。外は雑木林と、その向こうは川。川に落ちたボールは、激流にもっていかれてしまう。
今回の旅には、日本から野球のグローブ4つと一緒に、テニス・ラケットを4つ持って来ている。野球もテニスも、好きというだけで上手い訳ではないが,暇つぶしにはなるだろうと考えて持参した。
テニスは、この一度だけであきらめ、キャッチボールはグローブをはめたカポの「手が熱い!」の悲愴な叫びを耳にして断念した。


                      

話を元に戻そう。
いつもなら、こんな早い時間にわたしが部屋に戻っていることはない。珍しいタイミングに関わらず、カルタは、わたしが部屋に居ることがわかっているかのように訪ねてきた。バリ人には、そんな第六感が働くのだろうか。
「イトウさん! 今日、モンキー・フォレスト通りでツーリストがひったくりに会ったのを知っていますか?」
少し興奮気味のカルタだが、言葉はいつもの丁寧な日本語だ。
ひったくりの被害に会ったツーリストはオランダ人の小柄な女性で、モンキーフォレスト通りをひとりで南に向かって歩いていたらしい。もう少しで宿泊先のホームステイに着くというあたりで、突然、肩から掛けたバッグが引っ張られた。彼女はしっかりとバッグを掴んでいたので、身体ごと引っ張られ道に転んだ。仰向けに転んだ彼女の上で、男がバッグをもぎ取ろうと引っ張った。
現場を見た土産物屋の店員が『ドロボー』と大声をあげると、ひったくりはバッグから手を離して逃げていったと、カルタは言う。
ウブドは、夜8時になると雑貨屋は閉まる。レストランは芸能鑑賞したあとの旅行者をあてにして10時頃まで開いているが、10時を過ぎるとモンキーフォレスト通りは閑散とする。安全だと言われているウブドといえども、この時間からのひとり歩きは注意する必要がある。深夜の女性ひとり歩きは、特に危険な行為だ。
しかし彼女がひったくりに遭ったのは、人通りのある夕方だ。女性の行動に間違いがあったわけではない。
時として妙な日本語になるが、ジェスチャーを交えるカルタの話は、こんな時に不謹慎だが聞いていて面白い。
「ひったくりは2人組で、デウィ・シィータ通りに向かって逃げていきました」
数人の村人が、追いかけていったらしい。とうとうハノマン通りで取り押さえ、袋叩きにしたそうだ。
「わたしはその時、通りすがり、みんなを止めました。止めた時には、ひとりは死んでいました」
「えっ、殺しちゃったの?」
「もうひとりは生きていたので、わたしがギャニアールの病院に運びました。しかし残念なことに、もうひとりも死んでしまいました」
「それで?」
「大丈夫です」
これはカルタの口癖だが、人を殺しておいて大丈夫はないだろうと思う。
「ウブドは観光客で生計を立てている村です。観光客に悪いイメージを与えてはいけないので、2度とこんなことがないように見せしめです。ひったくりはジャワ人でした。だからこれでいいのです」
「チチ」とヤモリの鳴き声がした。
「そら、神様もそうだと言っているでしょう」
話の途中でヤモリが鳴くのは、その言葉が正しいことを証明しているからだと信じているバリ人は多い。
バリ人は、悪いことをするのはすべてジャワ人のせいにする。バリ人以外のインドネシア人は、すべてジャワ人と呼んでいるところもある。ジャワ島に行けば、バリ人が悪者にされると言うから同罪だ。
この事件は、警察に通報はされたが、事件は黙認された。
バリは犯罪の少ない島だ。それは、彼らの宗教心からと言うよりは、村のもっとも小さい単位であるバンジャールと呼ばれる集落組織にあるようだ。
バンジャールのメンバーは、すべて顔見知りである。こんな狭い村組織の中で、村人が犯罪を起こしえない。起こすとすれば、他の村から来たバリ人か他の島のインドネシア人、もしくは、外国人となる。
まれにではあるが、バンジャール内で事件やもめごとがある。その時は、組織の慣習のもとで解決していく。バンジャールは警察や裁判所の役割もし、ある意味では、独立自治区であり、小さな国と考えてもよいかもしれない。
個人に人権があると同じように、自治体には自治体の権限がある。村を潰そうする者を殺すのは、自衛権である。法律で報復は禁じられている。男たちが仕返しをするのは法に触れる。それは承知している。だが、法よりも自衛権は強くなければならない。法律に頼っていたのでは、村は潰れる。潰れてからでは、何を言っても遅い。個人が、そして、自治体が生きのびる権利は、何ものにも優先しなければならないと考えているのだ。

あるバンジャール内での出来事で、こんな話を聞いた。
少年が、よその家からミニ・コンポを盗んだ。この処分をどうするかバンジャールの集会で協議された。結果、警察には届けず、少年はバンジャールの男たちの前で「2度としない」ことを誓い、事件は解決した。
もうひとつ、これは事件とは言えないが、村の妻帯者が同じ村の女性と浮気していることが発覚した。バンジャールの協議の結果、男が米2俵を村に罰金として納めて終止符が打たれた。
このように、村人によって起きた村内の犯罪は、まず村組織で解決しようとする。村人以外の犯罪の場合は、村人の尊厳にかけて神々に代わって裁く。ある意味では、怖い慣習だ。
外国人であるわたしは、バンジャールの一員にはなれないが、彼らにとって無害なツーリストにはなれる。できれば、彼らに尊敬される人物になりたいものだ。


つづく



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