「極楽通信・UBUD」



4「YOU・遊の湯」





行ってきました、銭湯へ。
銭湯とは、湯屋、風呂屋と同じで料金を払って入る風呂のこと。銭というお金の単位で入浴できた時代の名称で、今では死語かもしれないが、私はこの語呂が好きで今でも使っている。
「銭湯ごときで、なに騒いでんの?」と言われそうだが、これが日本でのことなら珍しいことではない。ところが、何とこれがバリでの話なのだ。
バリには温泉が湧き、バトゥール湖畔のトヤ・ブンカ村とシンガラジャ県のバンジャール村が有名だ。残念なことに、バンジャール村は温泉プールだし、トヤ・ブンカ村は洗濯場になっている。郷愁を誘う日本の露天風呂とは、まるで違うものだ。

内風呂があっても、広々とした湯船と大衆的雰囲気が大好きで、日本にいる時はよく銭湯に行った。家から近い銭湯だけに留まらず遠くの町まで出かけて行ったこともある。
よほど暇だったのだろう。電話帳の載っている名古屋(筆者の地元)の銭湯を全部廻ってやろうと、意気込んだ時代もあった。当時、名古屋で150軒ほどあったと思う。
内風呂に押された銭湯が年々減少していくのを聞いて、今のうちに見ておこうと思ったのだろうか。それとも、どこかの銭湯から、生き残るための企画を頼まれていたのだろうか。13年の歳月が過ぎ、銭湯巡りの目的を思い起こすことができない。
それぞれの銭湯で、それぞれの工夫がされていたのが面白かった。車にはいつも入浴セットが用意してあり、仕事先で銭湯を見つけた時には、昼間でも入った。50軒ほと廻ったところで、仕事が忙しくなり全軒制覇は断念した。

そんな銭湯マニアな私が、日本を離れて以来13年と1ヶ月ぶりに銭湯に行ったのだ。
バリ南部のリゾート地ジンバランに、銭湯「You・遊の湯」が出来たと聞いて、心底にある日本趣味が呼び起こされた。(残念なことに、今は閉店している) 日本にいる時、流行っていた郊外型の健康レジャーランドかもしれないが、それでも機会があれば是非出かけてみたいと思っていた。その機会は簡単に訪れた。新型肺炎の流行でバリの観光客が激減し、公私ともに暇になったのだ。

ウブドから「You・遊の湯」のあるジンバランまでは、バイクで1時間かかる。何年ぶりのジンバランだろう。時間的にはさほど遠くはないが、ウブドの田舎者からすると車が多く景色の楽しくないバイパス道はあまり走りたくない。そんな道を走ってまで出かける価値が「You 遊の湯」にあるかどうか。
そういえば、日本食レストラン・漁師のオーナー、サゴン氏がタバナン県の山奥に温泉旅館を作りたいといっていた。露天風呂のある旅館ができたら、通ってしまいそうだ。

赤い字で「ゆ」と書かれた大きなのれんの掛かる「You 遊の湯」玄関前に立った。
期待で興奮気味の銭湯愛好家は、期待し過ぎてがっかりするのも嫌だからと、少し自重するように心がけた。
ガラスドアーが両側から開けられ、2人の若い女性が頭をさげた。こういうサービスには恐縮するだけで、私は好きではない。
履き物を脱いで、受付カウンターへ向かう。
入浴料が長期滞在者には、ローカル価格になっていたのがありがたかった。貴重品を預けると、浴場に案内された。
浴場の入り口で、ロッカーの鍵とジュプンの花柄が入った青いアロハ・シャツとパンツ、タオルが1枚「ごゆっくり」と言う言葉と共に手渡された。アロハは、湯上がりに休憩コーナーでくつろぐためだ。派手なアロハは、私は着ない。 女性は赤いアロハ・シャツのようだ。
脱衣室のロッカーに衣類をしまい、タオル1枚引っかけてガラス扉を開けると、そこは、整髪やひげそりのためのカガミのある小さな部屋だった。右手に浴場に入るガラス引き戸がある。開けると、懐かしい温かな空気が肌に触れた。
大勢の人が入浴していれば、霧のように湯気がたちこめるはずの浴場には、まったく湯気がたっていない。手桶のこだまする音も銭湯独特のくぐもった話し声もしない。早い時間だからだろう、客は私1人だ。
薄い色のペンキで塗られた壁には、銭湯のトレードマークでもある富士山の絵はなかった。観葉植物の鉢植え1つなく、どことなく殺風景だ。ジャングル風呂とはいわないまでも、緑があったほうがよい気がする。

まずは、サウナに挑戦。サウナは北欧フィンランドの内風呂だ。熱帯の島でサウナに入るなんて考えられないことだが、入ってみるとなかな心地よい。サウナに入っている間に2人の日本人が、浴場に入ってきた。大声で話す会話から、日本企業に勤めていることがわかる。
私がサウナを出るのと入れ違いに、彼らが入ってきた。私は花弁の浮かんだ水風呂で、身体を冷やした。
中央の大きな浴槽(バリ天然温泉風呂)につかり、次に、奥にあるアガリクス・ジェットバス(3槽)に入る。その右手の浴槽は水が抜かれて、マッサージのためのベッドが設置してある。
のぼせるまでジェットバスに入ったあとは、髪と身体を洗う。壁一面が洗場コーナーになっていて、シャワーが8つある。
もう一度、バリ天然温泉風呂につかってあがることにした。
喫茶コーナーで、スポーツ・ドリンクを飲み、カレー・ライスを食べた。こういうところだから、値段は少し高めだ。
「You 遊の湯」の銭湯としての採点は、100点満点で50点というところだ。採点は厳しいが、バリでここまでやってくれたことは高く評価したい。

ところで、銭湯といってもピンとこない若者も多いと思う。銭湯を主題にしたテレビドラマ「時間ですよ」があったが、それも昔の話。行ったことも、見たことすらない若者のために、本場日本の銭湯の説明しておこう。
銭湯は切り妻屋根で、見上げるほど高い煙突がある。そこにには「松の湯」「梅の湯」「竹の湯」なんて屋号が書かれてある。それは、下町のランドマークでもあった。
小学生の時、度胸試しに煙突に登って、そのあと降りれなくなってしまった上級生がいた。消防車が駆けつけて降ろした。「煙突は上から見ると、下になるほど細くなっていて、とても降りられるものではない」と上級生は言っていた。木材置き場で火の玉が出るという噂も、この頃だった。

銭湯には、開けっ放しになった入り口に、ひらがなの「ゆ」か漢字の「湯」と書かれた大きなのれんが掛かっている。たいていが、花王石鹸のスポンサーだ。部屋に飾るために誰かが持っていくのだろうか、たびたびのれんがなくなると聞く。こんなのれんの人気に眼をつけた、抜け目のない友人が「ゆ」ののれんを作って売っていた。
のれんを分けて入ると、小学校にあったような大きな下駄箱がある。履き物はここで脱ぐ。ちびた下駄や草履ならたたきに脱ぎ捨てだが、新調したばかりの草履は鍵の掛かる下駄箱に大事にしまう。
ここから女湯と男湯に入り口が別れる。アベックで来た人は、待ちぼうけをくわないように、ここで出る時間を約束する。親切に、待合いの長椅子が用意されてあるところもある。
のれんには、女湯、男湯と書かれてある。時々間違えたふりや酒酔いをよそおって、女湯ののれんをくぐる輩がいる。ちなみに私は、天然ボケなのでふりをしなくても開けてしまうことがある。
女湯と男湯の境に、番台と呼ばれるカウンターがある。石鹸やシャンプー、カミソリなどの小物の売店を兼ねた、レジ・カウンターだ。番台は聖域だ。主人は、無表情に坐っている。聖域である番台に、お金を出してもいいから一度座ってみたいとう願望の男たちが多い。

番台でお金を払うと、その先は脱衣場だ。
女湯と男湯の境の壁は2,5メートルほどで、上部は開いている。壁は下半分が板張りで、上半分はカガミになっている。
広い脱衣場には、長椅子やマッサージ椅子が並んだ休憩コーナーでもある。天井には大きな扇風機が回っている。
脱いだ服は脱衣カゴに入れる。壁側にロッカーもあるが、盗まれて困る物を持って来ていない私は、ロッカーには入れず隅にカゴを押しやっていく。
洗面コーナーを抜けて、ガラス扉を開けると浴室だ。洗面コーナーと浴室の間が中庭になっていて、日本庭園になっていたり鯉が泳ぐ池になったりしている風流な銭湯もある。このスペースが、銭湯のオリジナリティが出せる場所でもある。
浴室は、清掃がしやすいように総タイル張だ。壁には、富士山のモザイク画。
中央の大浴槽は、たいてい大小の湯船に仕切られている。仕切にはライオンの顔をかたどった蛇口が取り付けられ、口から湯水が出る。仕切の下部は穴があり、湯はつながっている。小の湯船は子供でも入れるように浅い。ほかに電気風呂や薬風呂、子供風呂がある。

私が小の湯船に入りライオンの蛇口から水を出して熱湯をぬるめていると、白髪の老人が入って来て蛇口を止めた。老人は熱い湯が好きだ。「先客は私だ」と言いたいところだが、老人たちには逆らえない。
逆らえないと言えば、刺青の人もそうだ。刺青の人と遭遇した時のこと。右肩にアウトラインだけの途中彫りの刺青若者が湯船に入って来た。私は、彼を見ないようにして隅によった。しばらくして、両肩に刺青を入った若者が入って来た。途中彫りの若者は隅によると、静かに湯船を出て洗い場に向かった。挨拶しないところをみると、組織がちがうのだろう。続いて、両肩から背中に向けて立派な竜の刺青の入った若者が入ってきた。先客は、背中の上り竜を見つめて「素晴らしいですね」と言った。私は湯船を出るに出られず、刺青愛好者のふれ合いの一部始終を見学した。刺青のお兄さんたちの身体は暑さ寒さに弱く、長い間湯に入れない。
洗い場は、混んでいると順番待ちだ。確保できない時は、湯船の湯で洗う。洗い場の壁面に張られたカガミには、○○薬局、○○理容、焼き鳥の○ちゃん、なんてスポンサー名が入っている。

男湯と女湯の境の壁越しに、声を掛け石鹸やシャンプーの受け渡しする人もいる。「おーい、よし子〜」なんて呼んで石鹸やシャンプーを壁越しに手渡しする。「よし子さんは、どんな女性かな?」なんて想像してしまう。
湯から上がると、私はまず休憩コーナーで重量計(ヘルスメーターではない)に乗る。身長計が置いてあるところもある。そして、新聞を開きながら、冷えたミルク・コーヒーを飲む。ガラス玉の音が聞きたくて、ラムネの時もある。番台の上にあるテレビは、女湯、男湯の両方から見れる。湯上がりに裸のまま、縁台将棋を指すおやじたちもいる。銭湯は、裸のつき合いコミュニケーションの場だ。

私にとって銭湯は、淡い思い出の神田川の世界でもある。
  ♪貴方は、もう忘れたかしら 赤い手ぬぐいマフラーにして 2人で行った横町の風呂屋 一緒に出ようねって言ったのに いつも私が待たされた 洗い髪が芯まで冷えて 小さな石鹸カタカタ鳴った 貴方は私の身体を抱いて 冷たいねって言ったのよ 若かったあの頃 何も怖くなかった ただ貴方のやさしさが怖かった♪ (※神田川:南こうせつのグループ、かぐやひめのヒット曲)
ああ〜、同棲時代。おもいきりセンチメンタルになってしまった。




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