「極楽通信・UBUD」



1「ケーキが食べたい」





バリの景気が悪いからといってケーキの良い話をするわけではないが、このところ私は、週に1度の割でポンゴセカン村にオープン(2001年9 月)したカキアン・カフェのケーキを買っている。
ケーキの名前は「ショート・ケーキ」しか知らない私だが、ケーキはよく食べるほうだと思う。
関係はないが、シュー・クリームはケーキだったかという疑問を、この原稿を書きながら悩んだ。“フケイキ”と聞いて、“フ”で作ったケーキを連想する程度の知識しかない持ち合わせていない私が悩んだところで、知らないことはどうにもならない。ということで、シュー・クリームのことは考えないことにした。

カキアン・カフェの店内は、キンキンにクーラーがきいて心地よい。ショー・ケースの中には「わたしを選んでよ」とでもいうように、さまざまな種類のケーキたちが上品に並んでいる。今日はどの娘を選ぼうか、なんて、いつもショー・ケースの前で動物園の熊のように右往左往してしまう。
時には、テーブル席についてカフェ・オレを注文することもある。しかし、30分もすると肌寒くなってきてそうそうに退店してしまう。私の身体は、クーラーの涼風を受けつけなくなっている。
余談だが、ビザの書き換えでシンガポールに行くことが多い。飛行機、地下鉄、ショッピング・センター、映画館、レストランなどなど、どこに入ってもクーラーがきいていて、クーラー免疫の弱くなった私は、必ずカゼをひいて帰ってくる。

さて、目的のケーキを買い終え、カフェのガラス・ドアーを押す。ケーキの入ったビニール袋を手にバイクにまたがる姿は、おじさんとおばさんが混合しような気分だ。誰に見られているわけでもないのに、男っぽさに憧れる私にとっては、カッコウ悪いと思っている。
真っ直ぐに帰宅し、狭いながらも清潔な我が家のテラスにあるアンティーク家具に腰を沈めて、椰子の葉陰から注ぐ月光を浴びながらティー・タイムだ。もちろん、ジャスミンのお香とキャンドルはかかせない。意外と私はロマンチックなんだ、と、このセッティングで気がつく。
 手づかみでガバッとかぶりつくのは品がない。やはり小皿に盛って、上品にフォークで小さくわけて口に運ぶ。この時の口は、おちょぼ口と決まっている。今夜は、ガラス皿にチョコレート・ケーキをのせた。もちろん、バリ在住のガラス工芸家トリゲ・セイキさんのスカイブルーのガラス皿だ。

ケーキは上品な食べ物だと思うのは、ケーキが普及していなかった終戦後生まれの世代以前の日本人だけだろうか。ケーキの食べ方に正式な作法があるとすれば、うっとうしいこときわまりないが、ひょっとするとどこかの国に、茶道のようにケーキ道があるかもしれない、とフと思った。
どちらにしてもケーキは、腹を満たすだけの食べ方ではなく、味を楽しみ雰囲気を重要視したいものだ。
だから、カキアン・カフェのケーキは美味しいのだが、独りで食べるケーキは一抹の寂しさが残る。

カキアンに通い出す前は、ウブドのパサール(市場)前にオープンしたばかりの「BB’S」によく行った。小ぶりのケーキが、私の小さな胃にはちょうどよかった。時にはそこで、贅沢にもスモーク・サーモンを買うこともあった。
その前は、ハヌマン通りの南端にある「チャンティック」だった。この頃は女性の友人と、よく紅茶でケーキという時間をもった。
ウブドに滞在し始めた頃、今、こんなに美味しいケーキが食べることができるとは、想像もしていなかった。当時(1990年〜)、ウブド大通りにあるミニ・スーパー「ティノ」のケーキやレストランのパンケーキで充分満足していた私が、美味しいケーキの店が出来るにしたがって、少しずつ、味にこえてきたというか、日本の味を思い出してきてしまっているようだ。良いのか悪いのか、防腐剤の味がきついインドネシア製のケーキがノドを通らなくなってしまった。

レストラン「ベベ・ブンギル」のココナツ・クリーム・パイに出会った時は幸せだった。口コミから広まった「ベベ・ブンギル」のココナツ・クリーム・パイの人気は、日本人ツーリストの間で一世を風靡した。
「カフェ・ワヤン」や「カサ・ルナ」のケーキでさえ(失礼)美味しいと思って食べていた時期も懐かしい。カフェ・ワヤンのケーキ・ケースは、竹組みのガラス棚だ。冷蔵ケースの普及していない昔のこと、そして、電気事情も悪く、ウブドは毎日のように停電していた時代だ。

パンの話もしておこう。ケーキ店はパンも扱っている。
ナチュラル志向の人には、ウブド郵便局前にあるバリ・ブッダが好評だ。ベーグルと呼ばれるパンが、ウブドで初めて売られた店だ。ベーグルがなんのことかわからなかった私は、友人に「そんなことも知らないのか」と笑われた。「知らなくたってウブドで生きていけるぜ」と口に出していえない私は、心でつぶやいた。オープンした時は「こんな店、ネパールにありそうだ」なんて、行ったこともないのにそう思った内装だった。そんな雰囲気が好きで通ったこともあったが、重たいパンの苦手な私は、いつしか足が遠のいてしまった。
 クタにあるバリ・ベーカリーであんパンを見つけた時には、興奮した。まさかバリにあんパンがあるなんて考えもしなかった。名前もそのものずばり「anpan=あんパン」で売っている。カレーパンもタマゴパンも美味しい。みんなふっくら焼き上がっていて私の嗜好にぴったりだ。クーラーのきいた日本の喫茶店のようで、妙に落ち着くので月に一度の割で出かけていた時代もある。2年前デンパサールに出店しウブドから近くはなったのだが、最近は出不精で行っていない。

最後に忘れてならないのは、バリのクエ=kue(ケーキ・菓子)だ。
ゴータマ通りにあるワルン・ビアビアのデザート・メニューにあるバリのクエ、クレポン=keleponとピサン・ライ=pisang raiを紹介しよう。
クレポンは、ココナツ黒砂糖の蜜入り団子に、ココナツ・フレークをまぶしたもの。小さな草餅のような団子をポンと口に頬張り、餅のプニュとした歯ごたえを楽しんだ瞬間、餅の中に隠れていた黒蜜がピュッと口の中ではねる。あとは餅と蜜のハーモニーを楽しむ。
ピサン・ライは、スライスしたバナナを米粉でできた衣をつけて熱湯でゆで、ココナツ・フレークをまぶしたもの。ムッチリした衣に、ほどよくココナツ・フレークがまぶされ、中に埋まっているバナナのほのかな甘みにコクを与えている。ビアビアには、ほかに7品目のバリのクエが揃っている。
一般にバリのクエは、甘いコーヒーとともに食されるため、そんなにベットリした甘さではない。
ツーリストの皆さんは、いつでも日本でとびきり極上のショート・ケーキ云々を食べることができるのであろうから、バリに来たら是非クエを食べてみて欲しい。

ともあれ、バリでここまで美味しいケーキを食べられるようになったのは、甘党には嬉しい限りである。がしかし、カキアン・カフェなぞは日本の街にあるようなカフェと寸分違わない内装、設備、味。逆に、バリらしさを求めて来るツーリストには縁遠いかもしれない。
と、ここで気がついた。そもそも「バリらしさ」とは、いったい何なのだろう? 90年代初めの、あの頃の素朴さ? 静けさ? 適度な不潔さ? 適度の不便さ? こういうものが「バリらしさ」だとしたら、今のバリはいったい何なのだ。賑やかで、ピカピカで、便利で、その上、美味しいケーキまで食べられる、ときた。

今、どこにバリらしさがあるか。幸か不幸か、少なくとも最近のカフェには、ないようだ。
結論。「美味しいケーキ」と「昔のバリらしさ」は、反比例して存在する。・・・よって、われわれは、その2つを同時に求めてはいけない。いや、ま、いいか。こんなごたくを並べていたら、食べる前にケーキの生クリームがとけてしまう。難しいことは考えないことにして、今日もケーキを買いに走る私なのだった。




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