2003年の ウブド no ニュース

2003年12月30日:カジェン通りの入り口に割れ門が完成!

サレン王宮のある交差点を、南北に走るのはスゥエタ通り。それに並行して西にある通りが、カジェン通りだ。1994年12月、メッセージが彫り込まれたコンクリート製の敷石が敷かれて話題になった通りだ。今回は、装いも新たに、割れ門と石彫が建ち、さらに立派な道となった。カジェン通りの住人の、ツーリストを迎え入れようとする心意気が感じられる。

2003年12月29日:RP5,000-コーナー!

スーパーマーケット・デルタ・デワタに100円ショップ、否、Rp5,000-・コーナーが2Fに登場。

2003年12月1日:これは便利。夜間トランスポート・サービス!

アパ?では12月から、夜間(8時から12時まで)のトランスポート・サービスをはじめました。夜な夜な徘徊する貴方には、もってこいの強い味方になることでしょう。連絡はHP:0812-390-9126(ニョマン)まで。電話一本で迎えにあがります。

2003年11月23日:一鍼堂・開業のお知らせ

鍼灸師の安田渉(わたる)が、東京・渋谷に治療院を開業。是非、一度訪れてみてください。リンク集でリンクできます。

2003年11月20日:アロン・アロン人気沸騰中!

バリのこと、工事がすべて終わったわけではないが、なんとか開店するまで、こぎつけることはできたようだ。開店1時間前に漏電を発見して、照明のない状態でオープンした。それでもなんとかなってしまうのが、バリだ。しばらくして、裏の大家さんから電気をピンジャム(借りる)して配線してしまった。これで一件落着。

2003年11月1日:ニュースが見つからない

さぼっているわけではないが、それらしいニュースがない。10月12日は、爆弾テロから1年が経ったわけだが、旨く原稿がまとまらなくてお蔵入りしてしまった。鵜の目鷹の目で、ウブドの状況を観察しているのだが、ニュースとして掲載するほどのものが見つからないnoda。

2003年9月30日:トランプ詐欺に、ご用心!

ひと頃お騒がせしていたトランプ詐欺が、またまた出没しているようだ。手口はこれまでと同じように、「妹が日本に行くことになったので、少し話をしたい」だが、声を掛ける人物が、若い女性から身なりも小綺麗な年輩の女性に変わったそうだ。出没場所は、スーパーマーケット・デルタ・デワタやモンキーフォレストの人の集まるところ。サヌールから来ていて、車で連れて行こうとします。くれぐれも口車に乗らないようにしましょう。

2003年9月12日:冥福を祈る

昨日から、雨がしとしとと降り続いている。2年前の昨日、ニューヨークでテロ事件が起きた。その悲しい出来事を追悼するかのような、空模様だ。1ヶ月後は、クタの爆弾テロから1年が経過する。そんなせいか、ウブドの空は重く沈んでいる。時たま強く降る雨で、ところどころ木が倒れ、道路を防いでいる。テロは、いまだ続いている。早急の解決を望む。

2003年9月11日:コンビニ・オープン

モンキー・フォレストにあるカフェ・ワヤンの斜め前に、いつのまにか、コンビニエンス・ストアーがオープンした。看板には、24時間営業とあるが、今のところはそうではないようだ。店名は、デルタ・マート。便利になることは良いことだが、ウブドらしさが失われていくようでもあり、複雑な気分だ。

2003年8月27日:葬式シーズン到来

葬式シーズン到来といっても、死者がたくさんでる季節というわけではない。バリの暦(サコ歴)で、この時期が、火葬式をするのによいとされているからだ。そして、今年の合同葬儀(ンガーベン・マッサ)は、ウブド近辺では、とプリアタン村(8月29日)とパダンテガル村(9月4日)とで行われる。50をこえる数の棺がいっせいに燃え上がる火葬式に、しばし茫然としてしまう。

2003年8月24日:西ジャワ料理のワルン・OPEN(8月11日)

ウブド王宮からウブド大通りを東に向かい、ハヌマン通りのT路地を過ぎて、しばらく行く。ネカ・ギャラリーの手前右側に、西ジャワ・ チレボンの家庭料理の店「WARUNG IGELANCA」はある。メニューは、10.000ルピアのカレー(ライス・紅茶付き)から、7.000ルピアのナシ・ゴレン、ナシ・オプール・アヤム(ココナツ・ミルクのホワイト・カレー)。ほかに、5.000ルピアの料理が3点。6種類のメニューしかない、小さな店。こんなカレー味もあったのかと、新しい味の発見がある。

2003年8月17日:インドネシア・ムルディカ

>早朝の6時に、拡声器からのだみ声で起こされた。今日は、58回目のインドネシア独立記念日。近くの広場で、式典の準備が行われているようだ。今日一日、あちこちの町で式典と催事が催され、賑やかなことだろう。

2003年8月16日:ナシ・チャンプール・イカンは何処に?

プリアタン村にあった、長期滞在者御用達のエディーズ・ワルンが、唐突と消滅したのは、いつの日だったか。消息がつかめない月日が過ぎ、ナシ・チャンプール・イカンの味が恋しくなった頃、エディーの経営するレストランをペネスタナン村に発見。インド料理レストラン、ガジャ・ビルの真ん前で、店名を「Sari Laba Boga Cafe」として存在していた。ナシ・チャンプール・イカンは、14.000ルピアで健在だった。TEL:0361-973067

2003年8月15日:ピザ・バグース新装オープン!!

シャトルバス・パノラマ社の北隣にあった当店が、レストラン・影武者の南、ホテル・パノラマの前面に移転。これまでの店より広く、小綺麗なイタリア・チック(?)な内装。オーナーの趣味か、ダーツ・ゲームのコーナーがある。味は、どれをオーダーしても「ハズレ」はない、といったところ。デリバリ・サービスも嬉しい。

2003年7月20日:アマリアのワルンが無くなった

深谷陽さんの漫画「アキオ紀行バリ」のファンには、寂しいニュース。「アキオ紀行バリ」に出てきた、テガス村のサテ・カンビン屋(山羊肉の串焼き専門店)が取り壊されていた。主人公アキオが恋したアマリアのモデルだった女性の姿を、もう見ることはできないのか。

2003年7月5日:長期滞在予定者に嬉しいニュース

月極め、年契約の貸家、貸部屋を紹介する店舗ができました。その名も「チャリバリ・アパート情報」。ウインドウに貼り並べられた物件案内のポップは、親切に、写真とレイアウト図面入り。日本人スタッフのTokutakeさんが常駐しています。海外からの予約もE-mailで可能。E-mail land@bali-pasti.com。ホームページも利用できます。http://www.balidicaricaridibali.com。

2003年6月17日:明日はガルンガン祭日

ウク歴の一年(210日)ごとに巡ってくるガルンガン祭日は、先祖霊を迎える儀式だ。日本のお盆に似ているが、バリ人には正月気分でもある。ペンジョールが、明日のガルンガン祭日に向けて、今日のうちにバリ島中の各家々の前に飾られる。

2003年6月14日:バリ・アート・フェスティバル開幕

毎年6月中旬から7月中旬にかけて開かれる「Pesta Kesenian bali(バリ・アート・フェスティバル)」が第25回を迎え、7月13日まで催される。もりたくさんの芸能、文化が毎日、朝から夜まで紹介されます。催し物予定は、アパ・スタッフにお訊ねください。

2003年6月4日:気になるウブドの十字路は、今?

十字路は今、20センチ角のコンクリート・ブロックが、十字路を中心として東西南北へ100メートルほど敷き詰められています。ところどころに星形のモザイクが入り、どことなくショッピング・センターのプロムナード風。このあと、どうなってしまうのか楽しみでもあり心配でもある。
参考:[ 写真 ]

2003年5月16日:新コーナー誕生。小田蘭丸の「極楽通信UBUD」

1994年から1999年まで足かけ5年、Vol.30で廃刊になった「極楽通信・ウブド」の名称を寸借して、1990年5月よりウブドに滞在する「極通」スタッフの一人・小田蘭丸が身近で起こった出来事をコラムにします。近日公開!!

2003年5月12日:嬉しいニュース

昨夏に続き、今夏もレゴン・オブ・プリアタンが公演されます。今回はレゴン・プライオンが企画されました。日程:7月30日、8月5日、8月11日。入場料:RP100,000-。会場:アルマ屋内ステージ。開演時間:夜7時。
詳しくは:狩野芳利(かのうよしとし)〒135-0004東京都江東区森下4-9-4-909。TEL&FAX:03-3632-8156(TELは夜間、FAXは随時)

2003年5月4日:BOOK紹介

漫画家:深谷陽氏の「踊る島の昼と夜」が株式会社エンターブレイン(BEAM COMIX)から5月7日に出版されます。7つの話のうち5つまでがバリの話です。確実に面白いので是非買って見てください。定価・本体880円+税。ちなみに深谷氏のホームページは、http://www.horae.dti.ne.jp/~akirafu/です。

2003年5月1日:楽しいニュースがないゾ!!

暦は変わって5月。日本はゴールデン・ウイーク。いつもなら日本人観光客で賑わうバリも、今年はイラクの戦争、SARSと続いて閑古鳥がはびこっている。いつまで続くこの不景気。長期滞在者の挨拶は「暇ですね」だ。こんな寂しいニュースは書きたくない。楽しいニュースが欲しいよ!!

2003年4月8日:更新開始のお知らせ??

編集スタッフ、4月9日の日程を繰り上げ3日にスンバ島旅行から帰る。2日のニュピはロンボク島で過ごした。「来年のニュピは、ジョクジャカルタだ」なんて、鬼が笑いそうなことを言っている。どうやら、プランバナンのロロ・ジョングラン寺院前で催される、ニュピ前日のセレモニーが見たいらしい。
スンバ島旅行の成果としては、パソーラ(騎馬戦)を見るツアーがアパ?から出せるかもしれないという期待が持てたことだ。まったくマニアックなツアーであるが、見たいと思っていた人にとっては、嬉しい情報のはずだ。御期待ください。これも来年の話だが。ワッハッハ~!?(鬼)

2003年3月17日:更新お休みのお知らせ??

3月18日から4月9日まで、編集スタッフがスンバ島旅行のため、この期間は更新できません。あしからず。

2003年3月15日:プナタラン・サシ寺院の寺院祭礼始まる

ペジェン村のプナタラン・サシ寺院は、巨大な銅鼓(ペジェンの月)があることで有名だ。オダラン(寺院祭礼)は、サコ暦の第九月(Sasih Kasanga)の満月のに始まる。今回は日17日から25日までで、毎日芸能が奉納される予定だ。

2003年3月3日:雨期の終わりも近いゾ!

サコ暦の第九月(Sasih Kasanga)に入ると、雨期も終わりが近い言われる。今日がその一日目だ。しかし、今日は昼から雨が降り続いている。

2003年2月19日:パサール・プリアタンがオープン

小学校跡を間借りしていたプリアタン村の市場が、2階建ての鉄筋コンクリート造りになってもとの位置に復帰オープン。コの字型の中央は駐車場。1階は貸店舗で、雑貨屋や土産店が入居。野菜、果物、生鮮食料品は2階です。

2003年2月18日:レストランの老舗「ノマド」が消えた!?

シシカバブの店として知られていたレストランが、ウブドの十字路から東へ200メートルほど行ったところにあった。「ノマド」と言えば、13年前、センゴールの食事が飽きると懐を奮発して出かけて行った店だった。これも時代の流れか、また一つ、ウブドの歴史が消えたようで寂しい。

2003年2月15日:バナナ・ファイバー・コレクション

ウブド在住の成瀬潔氏による、バナナの幹の繊維から作られた紙の展覧会。一つの素材から、よくここまで多彩な種類の紙ができたものだと感心させられる。テキスタイルやランプが、バナナ紙の特徴を生かした作品に仕上げられ、優しく繊細な風合いをだしている。
■開催期間:2月15日から3月上旬まで。
■会場:レレ・マス・ギャラリー(プンゴセカン村、プリ・ガーデン・ホテル前)

2003年2月14日:猿にご注意!!

モンキー・フォレストの猿たちが、エサをもとめて通りまで徘徊するようになった。これまで、バナナやピーナッツなどのエサを与えてくれていたツーリストが訪れなくなったのが原因だ。バリの不景気は、人間はもちろんのこと、モンキー・フォレストの猿にまで影響しはじめた。

2003年2月12日:ホテル経営危機!!

昨年の爆弾テロから4ヶ月が経過した。爆弾テロの影響は、バリの経済に大きな打撃を与え、未だにツーリストの数は少なく不況は深まる一方である。ホテルの老舗クプクプ・バロンが閉館し、アユン川の渓谷沿いに建つチェディは、経営が変わりアリラ(ALILA)と名称が変わった。さらにいくつかホテルが、閉館、売却されると聞いている。

2003年2月6日:クトゥト君「結婚おめでとう」

この日、ニョマン君の弟でアパの最年少スタッフ、クトゥト君(28才)の結婚式が催されました。お相手の女性は、ジャワ島バニュワンギ出身のティティ・ スリアニさん24才。イスラム教の彼女は、バリ・ヒンドゥー教に改宗して結婚式にのぞみました。彼女にとっては、宗教を越えた愛だったのだ。これでスタッフの独身者はワヤン君ひとりになりました。ワヤン君にも、早く良いお嫁さんが見つかるといいですね。

2003年1月25日:ダラム・プリ寺院のオダラン終わる。

2ヶ月も前から準備され、1月11日から25日まで続いたプリアタン村ダラム・プリ寺院のオダランが滞りなく終わったようだ。14日から25日まで連日連夜芸能が奉納され、境内は賑わいをみせていた。最終日の25日は、ジェゴグが奉納された。ウブドとベントゥーユン村のチームに本場ジュンブラナのチームを迎えての3チーム・ムバルン(競演)だった。はじめて見た聞いたバリ人もいると思うが、かなりの盛り上がりをみせていた。ジェゴグの行方が楽しみだ。

2003年1月20日:ケテケテ大流行!!

ひと月ほど前には、それほど耳につかなかった拍子木を連打しているような音が、このところウブドの至る所で聞こえる。正体は、長さ40センチのヒモの両端に直径4センチのプラスチック玉が一つずつついたオモチャだ。音は、ヒモの中央にあるプラスチック・リンクを持って上下に振り玉を当てて出す。ケテケテと音がするからか、Mainan ketek-ketekと呼ばれている。日本ではアメリカン・クラッカーと呼ばれて30年ほど前に流行した。ブーメランのように獲物に投げ、巻き付けて捕らえる、アメリカ・インディアンの狩猟道具だったと聞いている。ウブドには道売りの行商がはじめ持ち込んだようだが、今では雑貨屋にも出回っている。オダラン(寺院祭礼)の露店でも売っていてガムランの音に混じってケテケテの音が聞こえる。いつまで続くか、ケテケテ大流行。

2003年1月6日:ウブドの古い建物が、またひとつ消えた

ウブドの中心、変則十字路の南西角(モンキーフォレスト通り)にあった集合店舗が取り壊された。正面から見ると、間口3メートル、奥行き3メートルほどの小さな店が、ハーモニカの吹き口のように連なっているのがユニークだった。よろず屋や自転車のパンク修理屋を利用したのが懐かしい。跡地は、役所の建物が出来た後、駐車場になる予定だ。これは、北西角で建築中のワンティラン(集会場)と同様に、ウブド都市計画の一環だ。これらが完成すると狭かった十字路は、一変して見通しの広い十字路に変貌する。憩いのスペースのある街角になることを期待する。