ウブドの地価高騰の波が、プンゴセカン村の「日本料理店・影武者」にも押し寄せた。
現在の場所での賃貸契約終了は、2013年の5月だった。
女将は賃貸料の高騰で再契約を断念し、ニュークニン村に移転することにした。
ところが、移転予定先が来年にならないと工事に入れないため、一年の延長を高騰した家賃で借りることを余儀なくされた。
駐車場も同様に再契約だ。
もちろん駐車場の賃貸料も値上がりした。
いつまで続くのか、ウブドのバブル景気。
そんな折り “影武者” の横に、“ヴィラ&レストラン” の建築工事が始まった。
日本でなら工事前に、オーナーか現場監督が向こう三軒両隣に「ご迷惑をお掛けします」と菓子折りひとつでも持って挨拶にいくのが、私が住んでいた頃の常識だった。
菓子折りが欲しいわけではない、これが、近所付き合いを円滑にする古からの習慣だ。
ところが、工事が始まってしばらくしても、隣の建築関係者からは挨拶のひとつもない。
いったい何者がオーナーなんだろう、と不信感が湧く。
建築現場へは “影武者” の駐車場を通らないと資材が運び込めない。
駐車場に搬入トラックが堂々と止まり、砂・砂利・セメント袋などの資材も置かれるようになった。
長時間駐車するトラックもある。
“影武者” の営業時間外に搬入するという方法は取れないのか?
30分から1時間の駐車許可を得て、速やかに作業を終了することはできないのか?
そんな話し合いにが必要ではないだろうか?
朝から夕方まで、職人さんのものだと思われるバイクが何台も我が物顔で駐車する。
インターネットをしに “影武者” に来ている私のバイクの定位置も職人さんのバイクに占領された。
資材を運びやすいように、水を抜いた田んぼに竹の足場を敷く作業をしている人物から日本語で声が掛かった。
軽いナンパ言葉だと思うが、掛けられた日本語がなんだったかは覚えていない。
しかし、親しみやすい声に、その時、私は快く反応している。
「私の彼女は日本人です。お金がないので、まだ結婚していません」流暢な日本語で話す。
彼がこの現場と深く関わっているだろうと察した私は、ひとこと忠告することにした。
ゆくゆく日本人女性と結婚するのなら、バリの日本人コミュニティーと接する機会も少なからずあるはず、彼も日本的習慣を知っていた方が良いだろうと思ったからだ。
「工事が始まる前に “影武者” に挨拶しておいた方がいいよ。それが日本式だから」
その時、遠くから大きな声が聴こえた。
バリ語だったのだろう、私の前にいる彼が反応した。
彼は、私に背中を向けた。
黒髪を後ろで束ねた大柄のバリ人が、私の前に現れた。
「俺が、現場監督だ。なんかあったら俺に言え!(インドネシア語)」
私の態度が、彼には “因縁” をつけているように見えたのだろうか。
監督としては、日本語のできる彼をかばう必要があるのかもしれない。
私はたどたどしいインドネシア語で、日本的習慣を告げた。
「俺は “影武者” のオーナーの知り合いだ。もう話はついている。それに、ここはバリだ。バリ式でやらせてもらう!(インドネシア語)」
荒々しい剣幕と理不尽な発言に、私はひとことも返答できなかった。
オジャマムシ意識の強い私は、監督や職人がバリ人ということで、あまりキツく言えない。
日が暮れてもトラックが駐車したままだったある日のこと、女将は、監督と大ゲンカをしている。
“影武者” のお客が来店する時間に近づいていた。
女将は、監督に移動するように頼んだ。(女将はインドネシア語が堪能)
その時の監督は、酒臭く酔っているようであった。v
監督は、大声でどなり始めた。
「これ以上うるさく言うと、お前のレストランに何が起こっても知らないぞ。覚悟しろ!(インドネシア語)」
酒の勢いを借りての逆ギレか。
胸ぐらを掴まんばかりで恐怖を感じたと、女将は言っている。
女将は、冷静に相手の非を訴え続けた。
監督は次第に声が小さくなり、弱々しく謝り始めたという。
そんなことがあっても、その後の状況は、さほど変わることはなかった。
お客様が遠慮して駐車する場面まで出て来た。
「お客様の邪魔になるので駐車しないで欲しい」と“影武者” のスタッフが再三注意するのだが、監督は聞く耳もたない。
職人さんが捨てたと思われるプラスチックボトルや、散乱した資材の破片を影武者のスタッフが片付ける。
“影武者” のスタッフは『触らぬ神に祟りなし』で、監督には逆らわないようにしている。
駐車場を借りるために女将がしてきた苦労を知っている私は、無断で使用する輩に腹が立って来た。
ついに “影武者” 初代オーナーだった私の堪忍袋の緒がプッツンと言う音を立てて切れた。
山と積まれた砂を、よけるようにお願いした。
しかし、それはバケツ2杯分ほどを嫌みのように移動しただけだった。
私はデモンストレーションで、大家さんから借りてきたスコップで駐車場のへこんだ部分を砂で埋めた。
へこんだ部分は、トラックの進入で、敷石がめくれあがったところだ。
そんな姿を見ても職人さんたちは「好きでやってるのだろう」という雰囲気で傍観している。
デモンストレーションも、まったく効果はなかった。
大の男の堪忍袋の緒が切れたにしては、ささやかな抵抗ですよね。
職人の話によると、“ヴィラ&レストラン” のオーナーは欧米人とのことだ。
バリ人との共同経営という噂もある。
バリ人なら諦めもしようが、同じ外国人滞在者なら筋を通して欲しい。
彼らは、知らぬ顔の半兵衛をきめこむつもりか。
ここがバリだからって、許されることではない。
欧米人オーナーは、すでに対策を施しているのかもしれない。
しかし、これまでの経過を見る限りオーナーの良識に期待できない。
工事期間中の駐車場無断使用は、眼をつもることにした。
ヴィラが完成した。
相変わらず、何の挨拶もない。
いまさら、挨拶に来られても困るが。
近々、レストランも完成するという話だ。
“ヴィラ&レストラン” 関係者らしいバイクが少なくなった。
工事が終了すれば、工事関係者のバイクはなくなるだろう。
心配なのは、今後、ヴィラ滞在者やレストランの利用者が “影武者” の駐車場を知らずに使うかもしれないということだ。
そんなことにでもなれば “影武者” 側も、知らずに使ってしまった “ヴィラ&レストラン” のお客様にも、不愉快な思いをする事態がおこるだろう。
できれば、そんなことが起こらないようにしたい。
“ヴィラ&レストラン” のオーナーだという人物が “影武者” に現れた。
私のブログ「久々に怒ってるゾ」を読んだ誰かが注進したからだろう。
昼間だったが、この日は予約のお客があり、女将が偶然居合わせた。
噂どうり、欧米人とバリ人とのジョイントだった。
欧米人は、ベルギー人の男性。
バリ人は、ナンパ言葉を使う彼だ。
ベルギー人男性はバリ人女性の恋人を連れ立って、たびたび現場に顔を見せていた人物だった。
外国人がバリ人とのジョイントする理由は、バリで起業して就労VISAを取得するには多額のお金が必要だからだ。
就労VISA取得の作業を省くため、外国人はバリ人に名義を借りる。
インドネシア人とのジョイントは、外国人が起業する為の苦肉に策だ。
諸問題が起こるのは、こうした裏事情からでもある。
彼らは、しきりに謝っていたと、女将は言う。
そして女将は「私の旦那と駐車場のオーナーと話をしてください」と伝えた。
できることなら、平和的な解決策を見つけて欲しい。
ウブドに外部からの人が増え、都会的な思考が主流になってきたように思う。
自分さえ良ければ、まわりのことは関係がないと言う考え方だ。
私がもっとも嫌う感覚だ。
こんな不愉快な出来事が起こるのは、バブル景気が及ぼす弊害かもしれない。
(2013/12/20)