2002年のウブドnoニュース

2002年12月30日:バリに平和を取り戻そう♪♪

爆弾テロの惨事が繰り返されないことを祈るCDが発売。バリのレコード会社「アネカ」のミュージシャンたちによって、爆弾テロの悲劇が再び繰り返されないことを願って、CDが創られました。バリ語、インドネシア語、英語、日本語の曲も一曲入っています。日本語の対訳付き。定価Rp60,000-。売り上げの一部が被害者に義捐金として手渡されます。ウブド地区では、アパ?、ブンブン・カフェ、ワルン・ビアビア、影武者レストラン、カフェ・アンカサで取り扱っています。貴方も一枚、手に入れてください。


2002年12月25日:空港駐車場のパンク魔に要注意!!

年末に向けて、ウブドも少しずつ旅行者が増えてきたようです。早く、以前の活気あるウブドに戻って欲しいものです。旅行者が増えるとはびこるのが泥棒。なかでも、このところ増えているのがパンク魔による被害だ。他人の車をパンクさせて喜んでいるだけの変態だと思っていたパンク魔も、バリでは手口の込んだ置き引きだ。狙われる車種は主に、トヨタ・キジャンやスズキ・カタナなどのワンボックスタイプ。手口は、空港ロビーに友人を迎えに行っている間に、タイヤに釘が仕掛けられる。友人と再会を喜び合い車に戻り、空港を出て30分ほど走るとタイヤの空気が抜ける。運転手はパンクに気づき車を路肩に寄せる。運転手と友人は車から下り「時には、こんなこともあるよな」なんて軽口を叩きながらタイヤの取り替えをはじめる。取り替えも終わり、車に乗って気づく。パスポート、エアーチケット、現金、トラベラーズチェック、チャッシュカードなどの重要な物が入ったカバンがなくなっている。少しの時間だからといって隙を見せないように。パンク魔はあとを着けていて、近くで隙を狙っています。誰かひとりは車に乗っているか、大事な物は肌身離さないこと。空港駐車場からの出発前にタイヤ点検をするのが一番良い方法だが、たいていの人はそんなことはしない。パンク修理の場所も、できれば人の集まっている所を選んだ方がよいでしょう。到着早々、嫌な思いをして帰っていく友人たちの後姿を見るのは辛い。

2002年12月21日:STSI卒業制作発表会終了

毎夜7演目が熱演され、5日間の卒業制作発表が終わった。例年見られる、コンテンポラリーやモダン系は今回まったくなく、逆に、鉄製ガムラン・スロンディンやゴン・グデといった伝統的な楽器が使われた。衣裳の早変わりもなかった。年度によって、流行があるのだろうか。応援のガムランに子供たちのグループが数組あった。子供といえどもレベルは高い。子供、婦人、村のグループと、いったいどれだけのガムラン・グループがバリに存在するのだろう。国立芸大のお兄さんお姉さんたちの創作舞踊に、小学生や中学生の子供たちが演奏する姿は痛快だ。
男性の群舞は、テーマが決まっているのか猿のお面を付けるのが多く見られた。ユニークだったのは性の群舞、タリ・ジャンクリッ(鈴虫の踊り)。男どんな振り付けになるのか興味津々。SF映画に登場してもおかしくないメイチャップとコスチュームの、なんとなく鈴虫。羽根が開いたり触覚が動いたり、そして振り付けも充分鈴虫に見えました。全体的には、さすがにSTSI。どの演目も見応えがあり、観客としては楽しませていただきました。卒業生たちの、今後の活躍を期待しています。

2002年12月17日:S・T・S・I卒業制作発表会はじまる

インドネシア国立芸術大学(STSI)デンパサール校の卒業制作試験が、今年は17日から21日まで催される。一般の人の入場も許可されているの興味ある方は、鑑賞してみてはいかがですか。今年はどんな傑作が飛び出すか、今から楽しみです。夜8時開始で11時前後に終了。場所は構内Natya Mandala Hall。

2002年12月15日:インドフード芸術賞・アルマで展覧会

インド・ミー(インスタント麺)で有名なインドフードがスポンサーの「Lomba seni lukis nasional Indofood Art Awards 2002」が、この程おこなわれた。今回の公募では、インドネシア各地から2600点もの作品が寄せられた。展示されている入賞作と最終審査に残った作品はいずれも個性があり、インドネシアの芸術レベルのめざましい向上を感じる。12月15日から、年が変わって2003年1月5日までアルマ・ミュージアムで開催中。おすすめの展覧会です。

2002年11月20日:ガルンガン・30日:クニンガン

家々の前にペンジョールが立ち、ガルンガン、クニンガンの祭礼はいつものように進行し、何事もなく無事に終わった。噂では、この日に爆弾テロがあると言われていた。11月は観光客の少なくなる時季だが、今年は爆弾テロの影響から、例年にも増して観光客が超激減した。ウブドにある有名レストランの数軒が開店休業し、大きなホテルでは従業員をレイ・オフした。ウブドがこんな状況に追いやられたのは、未だかってないことだ。
アパ?では、ガルンガン、クニンガンのツアーが全滅。いつになったら観光客は戻ってくるのでしょうか? 「観光客~♪カンバック~♪」と叫びたい気分です。

2002年11月27日:カフェ・アンカサ新装オープン

「長くて1ヶ月半の改装工事終了予定が、2ヶ月と延びてしまった」と経営者のコテツ君。予定通りにいかないのがバリ。わかっていても、やりきれない気分。屋根裏部屋のような2階席ができ、内装も一段とチャンティック(可愛らしく)なった。「お客さんの倍増、間違いなし!!」と、アパ?が太鼓判を押しました。

2002年11月15日:クタ・レギャンで慰霊祭

午後11時。レギャン通りの爆弾テロ現場を中心にして、慰霊祭がしめやかに行われた。犠牲者の霊を慰め、汚されたバリ島に平和と調和を回復させようとするクタのデサ・アダット(慣習村)が主催した。神と人間の調和・人間同士の調和・人間と自然の調和が崩れた島の混乱状態を元にもどすためのバリ・ヒンドゥー教に基づいた儀式である。爆弾の仕掛けられたレノン村やクタ近隣の村のいくつかでも、この日に儀式が行われた。

2002年11月9・10:『平和と団結を考える集い』

2002年10月12日にクタで起こった事件はバリ島に住むすべての人々の心をかき乱し、耐え難い痛みを残しました。私たちはあの『爆発事件』によって直接被害を受けられた方々へ追悼の意を表すと共にこれからのバリの将来を考えていきたいと思います。今こそ、バリ島に住む人々がすべての枠を取り払い、団結の意志を持ってこの重大な問題に立ち向かい、前進することが必要なのです。
今回の『平和と団結を考える集い』はここバリ島に住む人々の緊張と不安を癒す手助けを目的としています。
[行事内容]
■9日
16.00~『平和と団結』のパレード(地元学生とインドネシア人、外国人グループによる)
18.30~合同祈祷/挨拶(サッカーグランド)
19.00~「ナイトマーケット」(ホテル、レストラン協賛に屋台)
■9・10日
19.00~芸術と慰安の夕べ(詩の朗読/音楽演奏/舞踊他)
「ナイトマーケット」(ホテル、レストラン協賛に屋台)
20.45~日本人グループのパフォーマンスがあります。

(参加呼びかけのパンフレットより)
真剣に取り組んで人々の姿に、心からバリを愛し平和を願っているのが感じとることができた。

2002年10月12日:バリ島安全の神話が崩壊

バリ島南部のリゾート地・クタのディスコ前の路上に時限爆弾が仕掛けられ、180人以上の死者が出たニュースは、すでにご存じだろう。10キロメートル先のサヌール海岸で爆発音と振動を感じ、25キロメートル先のウブドでも稲光のように光ったのが見えたというほど、爆発効果の大きいものだった。テロリストによるものだと聞くが、どんな理由があろうと、この無差別殺人は許されるものではない。
ウブドにいるとテロの恐怖はまったく感じない。赤白のインドネシア国旗が被害者の方々の冥福を祈って半旗をかかげているのが、ただひとつ事件を物語っている。テレビや新聞で残酷な映像を見ると、もっと緊張感を持つ必要があると感じる。被害者の方々の冥福をお祈りします。そして、一日でも早くバリに安全が戻ることを願います。

2002年10月1日:ウブドに本格的バー開店

ウブドの中心から西へ二キロメートルほど離れた、高級ホテルやおしゃれなレストラン、クオリティの高いギャラリーが立ち並ぶ一角に「バー・ラビアン・ローズ」がオープンしました。サンギンガン村にある「ネカ・ギャラリー」の前といったほうが、わかりやすい方も多いかもしれません。
高級ホテルのラウンジのような落ち着いた雰囲気の店内で、趣味のよい選び抜かれたBGMに耳を傾けながら、おいしいカクテルを飲んでみよう。

2002年9月30日:超便利なウブド手作りマップ

アパのウブド手作りマップが新しく描き直され、情報も満載で見やすくなりました。
Rp1,000-で販売しておりますのでお求めください。(隠れ情報:ブンブン・カフェでは、お客様に無料で提供しています)

2002年9月26日:カフェ・アンカサ改装工事

おいしいコーヒーが人気のカフェ・アンカサが、改装工事のため一ヶ月半の休みに入りました。オレンジ色の可愛いお店だったカフェ・アンカサが、どんな風に変身するか今から楽しみです。この間、スパゲッティ・カルボナーラが食べられないのがちょっと残念ですが。

2002年9月15日:サイサイ・バー閉店

いつのまにかサイサイ・バーの看板がB・B・B(バリ・ブルース・バー)に替わっていた。チャンプアンの崖っぷちにひっそりとそれもバリらしく開店していたマジック・トゥリーをサイサイ・バーと変名して新装オープンしたのは12年前のこと。サイサイとは、バリ語でたびたびという意味だ。日本語の「再々」と語呂も意味も似ているところから、お客様が再び訪れてくれることを願って命名した。ウブドではじめてライブ・ミュージックの聴ける店として人気となり、ウブドのミュージック・シーンの草分けでもあった。サイサイ・バーの名前がウブドから消えてしまうのは寂しいことだが、これも時代の移り変わりであろう。

2002年9月8日:バリ料理専門の店がオープン

ウブドではじめてのバリ家庭料理専門店。地元のワルン(食堂)ではお腹が心配、といって、レストランのバリ料理は外国人向けにアレンジされていてつまらない。そういう方にはピッタリの店です。緑のテントが目印のちょっとおしゃれな感覚の店です。是非一度、バリの家庭料理とデザートを試してみてください。料金も安めに設定されています。

2002年9月1日:ジェゴグ定期公演終了

アパ主催のジェゴグは、9月の第1日曜(1日)第3日曜(15日)の2回をもって終了することになりました。思い起こせば10年近く前、数人のジェゴグ愛好家たちのチャーターをきっかけにはじまったジェゴグ・ツアー。おんぼろベモ(乗り合いバス)で5時間の長い道のりをでかけていったのを思い出します。ランブット・スウィ寺院での小休止も楽しかった。今では、エアコン付き観光バスで2時間半の快適な小旅行となりました。
時が経過し、ジェゴグ公演の状況も大きく変わり、アパの役目も終わった気がします。今後は、ジャサ・ツアーのジェゴグ・ツアー、ウブドで定期公演されているジェゴグのチケット販売などで、ジェゴグの応援をしていきたいと考えております。アパ主催のジェゴグに参加してくださった多くの友人たちに感謝しています。

2002年8月17日:インドネシア独立記念日

毎年この日は、インドネシアの独立記念日である。建国記念日といわれる日本とは違い、独立というふた文字が、長年の間、支配されていた国であったことを物語る。今年は独立57年周年にあたる。例年、祝宴は全国で盛大に行われ、さまざまな催しが予定される。ウブドでも、モンキーフォレスト通りにある広場で、コンテストやパフォーマンスが催され、村びとが一日楽しんだ。

2002年8月5日:至福の舞い「レゴン・ラッサム」

7月29日と8月5日の両日に渡り、ARMAにてスペシャル・プログラム『 Legong of Peliatan 』が公演された。平均年令50才と思われるプリアタン・マスターズの、渋く枯れたガムラン演奏の響きにのせて、1950年代に一世を風靡した踊り手たちによって踊られたレゴン・ラッサムとクビャール・ドゥドゥック。この企画は、1953年、グヌン・サリ歌舞団欧米公演のレゴン・ラッサムの再演が目的だ。
レゴン・ラッサムは、今では50才代の婦人、クビャール・ドゥドゥックは73才の老人が踊った。どちらも「これが、バリ舞踊の神髄だ」と言わんばかりに、自信と豊富な経験に裏づけされた、見事な舞いだった。観衆の誰もが、身体の芯から沸き上がる感動で鳥肌の立つ思いをしたことだろう。8月5日の公演が、ビデオになって販売されると聞いている。発売されるのを愉しみにしたい。

2002年7月16日:バリ・アート・フェスティバル

6月22日に開幕したペェスタ・スニ・バリ(バリ・アート・フェスティバル)第24回は、連日賑わいをみせ、終演まで残すところ4日となりました。ペェスタ・スニ・バリのメイン・イベントは、なんといっても「フェスティバル・ゴン・クビヤール(ゴン・クビヤール競技)です。バリにある8つの県が、それぞれ代表グループを出し合って対抗戦というかたちで、演奏や踊りを競います。
今夜は、ギャニアール代表が出演する日。今年、代表に選ばれたのは、ウブドのグループ、スマラ・ラティ。地元民としては、万障繰り合わせて応援に行かなくてはと、でかけました。対戦相手は、バドゥン県代表のムングイからのグループ。どちらも人気があるグループで、おまけに、会場のあるアート・センターに近いという地の利もあって、チケットがソルド・アウトするという盛況ぶり。
今年の舞踊課題は、レゴン・クンティールとジャウッ。そして、新曲と創作舞踊劇。どちらの技術も、甲乙つけがたい見ごたえのあるものでした。スマラ・ラティは、レゴン・クンティールにプリアタンの人気踊子ユリアティとビダニーの姉妹を起用。ジャウッはスマラ・ラティのリーダー、アノムが自ら踊りました。新曲には、アンクルン・バンブーを取り入れ、作曲家ウインデャ氏の才能を十分に発揮したものでした。創作舞踊劇は、こちらも舞踊家として有名なシディオ氏の振り付けと、巨大な張りぼてや花火が打ち上げられるなど趣向が凝られ、見ごたえのある舞踊劇でした。
対戦相手のレゴン・クンティールの演奏も、ジャウッの踊りも素晴らしいもので、3時間30分があっと言う間に終わってしまいました。どちらに軍配があがったかはわかりませんが、観客としては、充分に楽しませてもらいました。両グループの今後の活躍を期待します。