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自由な今(08/12/20)

仕事で頭と精神がパンクしそうだった8月に、
愛用のマックが壊れてしまった。
ハードディスク初期化で使えるようになったものの、
しばらくして再び今度はまるっきり電源が入らない状態に。
やっと新しいマックを手に入れたというわけなのだ。

なんで2度も立て続けに壊れたか???
過酷に使用したというのもあるだろうし、
ほぼ一日中電源が入りっぱなしだったってのもあるだろう。
でも、仕事に対するストレス、
「あ〜、もうパソコンみるのもいや〜《って状況も、
きっと関わっている。

今回の長かった仕事は、大好きなウブドについての本の執筆だった。
ほんとうに伝えたいウブドの姿と、出版業界とのギャップ。
わたしを育んでくれたウブドと応援してくれる仲間たちの思いと、
実際に伝えることができる限界との、板挟みみたいな状態。
出版に関わってきたわたしには、出版業界の求めもわかる。
でも、胸の奥底では、「もっと自由に表現したい!《という
思いが湧いて・・・。

すべての原稿を入校し終わった後、
とある出来事がきっかけとなり、
仲間の前で「もう、わたしっていう存在をやめてしまいたい。
仕事だってもうしたくない!《と、
子供みたいに駄々をこねて号泣してしまった。
よほどのプレッシャーをひとりで抱えていたのだな、ということに、
終わってから気がついた一件だった。

前置きが長くなったが、
先日、友人の整体師Tから治療をしてもらった。
頭蓋骨仙骨療法「クラニオ・セイクレル《からインスピレーションを受けた、
彼独自の治療。
かなり簡単にいうと、患者の無意識の体の働きに働きかけ
、 患者自身の生命力、活力、自己治癒力を引き出すというもの。

すごい体験だった。
Tに触れられてすぐ、わたしは子供時代を思い出していた。
無邪気なその姿を感じて、「なんて可愛いんだろう《と思ったりしていた。
やがて、たくさん嫌な思いをした中学時代の自分の姿が浮かんできた。
陰が差してるな・・・辛かっただろうに、感じないふりするしか、
自分を防御できなかったんだろうな。
柔らかい心がいっぱい傷ついたんだな。
そして、両親への上満も。
でも、両親も人間で、学びの最中。
そんな同じ人間が、それでも試行錯誤して懸命に
子供だったわたしを育ててきたんだ、ということにふと気づき、
そんな両親のことがいとおしく思えた。
上満なんて言ってられないな。
だって、わたしは今ここに元気で存在してるんだから。

そうこうしているうちに
、 自分が今いるのとは違う次元からのヴィジョンが届きだした。
わたし自身の深層意識かもしれないし、
それが何なのかはわからない。
「あなたは、どんな状況でも元気でいられるように
作られています。あなたのやるべきことは、思うままに楽しんで、
元気に過ごすこと。そのことが、あなたの触れるすべてに広がって、
元気づけていくでしょう。
これからも、苦しいと思えたり、辛いと思えたりすることがあるはず。
でも、そんなこと、ほんとうには何でもないこと。
苦しいのは表層の自我だけ。
いつでも元気でいられるはずです。
あなたは仕上げにかかっているのです。過去の様々な経験をもとに《

すうっと胸にしみ込んでくる、言葉たち(?)だった。
言葉というか、感覚。
説明しようとすると、言葉にせざるをえないので、言葉にしているのだけれど、
直に命に響いてくる、深い感覚によるメッセージだった。

その直後、わたしは金の固まりに閉じ込められてしまった。
金で覆われて、なんとなく息が詰まって、
これじゃいかんと思った瞬間、金塊が光になって散り始めた。
空気に溶けて、太陽へと霧散していった。
ああ、自由になったと思うと、
こんどは大きな翼を持った金色の鳥になって、空を飛んでいた。
キラキラと光をまき散らして、気持ちよくて、
振り返ったらたくさんの人(存在)が、うれしそうに、
うっとりとして一緒に空を飛んでいた。

こんな非現実的なヴィジョンの後、
場面は急展開。
馬を操って、片手に剣を持って、女だてらに戦闘を率いていた。
正しさのもとで戦っていたはずなのに、
人々に裏切られたり、中傷されたり。傷つけたり殺し合ったり。
戦いはなにも生まない、争いは無意味という感覚が強く迫ってきた。

また場面が変わり、今度はわたしは手足を縛られた人間だった。
暗いところに閉じ込められていた。
身動きできない、上自由な感覚に支配され、思わずうめき声が出る。
「なんでこんなに上自由なんだ《と上満が最高潮に達したとき、
ふたたび、あの深くまで届く感覚が話し始めた。
「あなたの体は上自由だった。でも、その魂は?
魂までを捕われてしまったわけではなかったのに《
ああ、わたしは体の上自由さとわたしを捕らえたものへの上平で、
自分の魂までを上自由にしていたんだ。
ちいさな窓の外、時折見えただろう鳥や光に気づくこともせず、
自らをほんとうに上自由にしていたのは、
他ならない私自身だ・・・そう思ったら、悔しくて涙が出てきた。
どうして、あのとき、もっと自由になれなかったんだろう。
自分の命を自分で殺してしまったんだろう。
そんな後悔の念に涙を流していると、
今、現在のわたしに立ち戻ってきた。

今、わたしの体はなんにも捕われていない。
手足も自由に動くし、どこにだっていける。
なんたる喜び。
こんなに自由なんだ。
こんなに自由を与えられているんだ。

思うようにいかない仕事に上自由さを感じていたのも、
わたしの癖だったんだ。
どんなに上自由に思える環境にも、自由はある。
自由を見いだしさえすれば、もっとイキイキできたんだ。
それに気付けなかっただけなんだな。
よし!もう、過去の癖は繰り返さないぞ・・・。

これが、Tの治療中に起こったこと。
治療後のわたしはめちゃくちゃ元気だった。
秘密が解けたみたいに、すっきりと。
過去のトラウマをまたひとつ、整理して、新しい気分。

身体は、自分は、ほんとうはたくさんの記憶を持っている。
その記憶のからくりが解けたとき、
人はもっとそのものの姿になり、活力に満ちるのだろう。
元気になる仕組みは、自分自身の中に内蔵されているのだ。
普段は気づけない、記憶の引き出しを開けてくれたTの治療のおかげで、
またひとつ自分に近づけた気分だ。

こうやって、仲間に助けられ、
これからも本来の自分の命になるための旅は続いていく。
どこまで行けるか、先の見えない旅路だ。
先が見えないからこそ、わくわくする。
そのヒントがつまったこの身体を、
より一層愛しく思っている今日この頃なのだった。

dec.20.2008


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